大わらわの半年間

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 そんな出来事もあったけど、私達が銘々の場所で思い思いに全力を尽くして準備を進めていく中、月日は矢のように流れていき、いよいよ決戦の時が間近に迫ってきた。  __奪還作戦開始、十日前__ 「全員揃ったわね。それでは始めましょう」  ここはサトリさん達の家の食堂。  帝国領に確保した拠点に滞在し、今は各地から集まってきた人達の対応に追われているであろうマリナさんとバッツさんを除く全員が集まっていて、私達は打ち合わせを行っていた。  ここで会議をするのも今日で最後となる。  窓から見える景色はもうすっかりと冬の様相を呈していて、パチパチとはぜる暖炉の音が心地良い。 「集まってもらったのは、各々に受け持ってもらっている仕事の報告のためよ。もちろん都度報告はしてもらっているし、皆もすでに大方の事情は把握できているとは思うけれど、正確な情報共有の意味も含めて改めてお願いするわ」  そう言ってサトリさんがさっそく顔を向けると、まずは諜報活動を担当しているお父さんが頷き、報告を始めた。 「私から報告することは三つかな。  一つ目はアリガルース、バースマルド、シンスニルの三国についてだけど、十一日後、帝国に対して宣戦布告を行うことが確定したよ。この情報は帝国側も掴んでいて、双方が国境に兵を集めるものだから、その近隣は今や大賑わいの状況だよ」  ここで言う国境とは、私達がかつて帝国領へと運ばれた際に通った、アリガルースと帝国領マルアス区とをつなぐ関所のことで、普通は国と国の境に明確な区切りなんてないんだけど、ことアリガルースと帝国に関しては例外的にハッキリしていた。  というのも双方の間には長大なトールストン山脈が横切っているからで、魔物の巣窟であるかの山脈が物理的な境界となり、必然的に国境と呼ばれるようになったのだという。  なお私達がこれから向かう天ヶ原も例外の一つで、同じく高く険しい山々と、山以上に魔物が脅威的な海によって区切られている。 「次は同盟を結んだ二国について。  ジスフィニドはこの動きに上手く乗じる形で準備を進め、十二万の兵がいつでも出撃できる状態となっている。  ダーグネイトの方は八万で、こちらも同様に戦いの準備が完了。  予定通り、二国とも私達の天ヶ原奪還に合わせて反旗を翻してくれるはずだ」  いよいよなんだね…。  お父さんの話を聞きながら、メイと一緒に向かったダーグネイトのことを思い返す。  ログマスタさんを始め腕の立つ騎士が多く集まる、天ヶ原と同じく武芸に重きを置いた国。  王様であるアノールンドさんの下、亡き王妃の仇を討ち、失った誇りを取り戻そうととても士気が高かった。  決戦を間近に控え、今頃はきっと大いに燃え上がっていることだろう。  でも、エレオノーラさんは相変わらずなんだろうなぁ…。  別の勤務地へ異動だと告げられただけで顔色を失ってアーフェウス王子の足下に縋り付いたり、かと思えばダーグネイトの騎士らしく見事な体捌きを見せてくれたりと、ログマスタさんとはまた違った意味で強烈な印象を受けただけに、ダーグネイトと聞くとどうしてもエレオノーラさんの姿が思い浮かんでくるのだった。  それはやはりメイも同じだったようで、目を合わせてお互いクスリと笑う。 「帝国とアリガルース三国はそれぞれ私達の二十五倍で、ジスフィニドとダーグネイトは六倍と四倍、か…。  分かってはいたけれど、改めて聞くとすごい戦力の差ね」  そんな私達の一方で、ゾフィーが小さくため息をついた。  確かにその気持ちはよく分かる。  会議では当たり前のように凄まじいの数の人達が出てくるけど、日常で万単位の団体を見る機会なんてまずないし、そもそも合同訓練のときに集まった、三百八十六という人数でさえ圧倒されるような多さだったのである。  五十万なんてもはや想像すらできない。  今更ながらに国対国で戦争を行うのだと実感させられる。 「ふっふっふ!心配はいらないわよ、ゾフィーニア」  すると、ちっちっち、とリズちゃんが得意げな顔で指を振った。 「少数とはいえ、なにせ私達は精鋭揃い!  このリズさんが鍛えた戦士達は、この程度の兵力差なんてものともしないわよ~」 「…別に心配はしていなかったのだけれど、貴女の言葉を聞いていたら本当に不安になってきたわ」 「何でよ!?」  それを見てまたゾフィーがため息をつき、リズちゃんがクワッと目を見開く。  もちろんこれは本気で不安がっているわけではなく、ただからかっているだけ。  曰く「からかったときの反応がミメイみたいで面白いのよね」とのことで、最初はちょっと苦手意識を持っていたというリズちゃんとも、こうして今ではすっかり仲良しになっていた。  そして仲良しと言えば。 「確かに…。トキサダの旦那達ならともかくリズが鍛えたとか、そりゃあそもそもちゃんと言葉が通じるのか?」 「ウホ、ウホウホ?」 「「ウッホッホ!」」 「あんた達は本気でぶっ飛ばすわよ…」  ゲラゲラ笑い出したロックさん達にリズちゃんがギロリと半眼を向け、そのままにらみ合いが始まる。  昔からリズちゃんとロックさん達は大体いつもこんな感じで、とっても仲良しなのだった。  フィーナとゾフィーは「犬猿の仲なのでは…?」なんて言ってたけど、喧嘩するほど仲がいいって言うからね。 「それにしても国境近くのジスフィニドならともかく、ダーグネイトはよくそれだけの兵士を集めて怪しまれなかったね?一万人だって悟られないようにするのは大変なのに…」  リズちゃん達がバチバチと火花を散らし合う中、メイが首を傾げる。  現時点ではジスフィニドもダーグネイトも帝国領の一つなので、アリガルース三国との戦いに備えて行動すること自体はおかしくない。  ただ、アリガルースとの国境に最も近いマルアス区の西側に隣接するのがジスフィニドである一方、大陸最北東に位置する、つまり国境から最も遠いのがダーグネイトなのである。  地理関係を見れば、ダーグネイトに要求されるのは兵力ではなく物資などの後方支援だろうから、メイの言うとおり兵士を集めるのは不自然に映る。  なので一緒になって疑問符を浮かべていると、お父さんが少し感心したような表情になったあと、笑って答えてくれた。
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