大わらわの半年間

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「…薬に関して貴方のことを疑うつもりはないのだけれど、その三つの安全性についてはいつもの通り、後で報告書にまとめて提出して頂戴。  ともあれ、衛生部隊の完成は喜ばしいことね。では、衛生部隊も含めた全体の部隊状況はどうなっているのかしら」  サトリさんが困ったように微笑みながらも、そうしっかりとアーデさんに釘を刺したあと、続けて隣のトキサダさんに声をかける。 「はっ。衛生部隊は今報告があったようにアーデを、前線部隊は私、リュート、リズをそれぞれ部隊長として、各部隊とも編成は滞りなく完了しています。  これとは別に物資などの運搬を行う商人を中心とした部隊がありますが、こちらはマリナを隊長として同じく編成済みです。  練度に関しましてもひとまず不足はなく、隠密の都合上、全軍での訓練は行えなかったとはいえ、自分達の国を取り戻すという思いを胸に各部隊とも強い連帯感が生まれており、士気も高く、来たる決戦の際にも存分に力を発揮することができるでしょう」  トキサダさんの報告に、今度は訓練で向かったユーガドノルス区での一ヶ月のことを思い出していた。  激しい訓練だったにも関わらず全員が毎日全力で取り組み、訓練外の時間ですら手合わせを申し出るくらい熱心で、今トキサダさんが言ったとおり、そこに国を取り戻したいという強い思いがあることは間違いない。  でもそれもすべてサトリさんへの深い信頼があってこそであり、事実訓練を共にした誰もが、「陛下ならば必ずや成し遂げて下さる」と国を取り戻せることを疑っていなかった。  国を滅ぼされて散り散りになり、十七年という長い年月が経ってもなお揺るがない信頼関係は、もはや主従という垣根を超え、いっそ崇められていると言っても過言ではないほどで、みんなの話を聞きながら改めてサトリさんのすごさを再認識したものだった。 「特にソラが訓練に参加してからというもの、皆の士気はますます高まる一方で、思った通りいい影響を及ぼしてくれたようです。やはり、ソラには将としての天賦の才がありますな」 「え?わ、私?」  ただそんな風にして訓練の時のことに思いを馳せていたものの、突然私の名前が出てきたので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。  びっくりしながら改めて意識を目の前へと戻せば、視線の先で、うんうんとトキサダさんが満足そうに頷いている。  わ、私は何も特別なことはしてないと思うんだけど…。  それに、そもそも初めからみんな熱心だったし…。 「そうそう、そういえばあんたのこと、私やリュートさんの部隊でも噂になってたわよ~」  思いもよらない言葉に目を瞬いていると、リズちゃんも話に加わってきた。 「『ライゼン様の再来』だとか『ナギラの生まれ変わり』だとか。色々聞かれたから、とりあえず『王獣級を一人で討伐できるくらい強いわよ』って返しといたけど、流石にこっちは信じてもらえなかったわねぇ…」 「あくまで噂ということで半信半疑な感じではあったが、本当なら負けていられないと、それまで以上に訓練に熱が入るようになったな」 「え、えぇ…」  な、なんだかどんどん話が大きくなってる…!  そもそも訓練所は別々であり、しかもみんなほぼずっと施設に入り浸りで、  外にも出ることなく訓練し続けていたというのに、どうして噂になんてなるのか。  しかし戸惑いながら首を傾げたのもつかの間、すぐに訓練所の警備は忍びが担当していて、彼らを通して訓練の進捗などを頻繁に連絡し合っていたことを思い出し、頭を抱えてしまう。  それに内容も誇張されすぎだよ…。  確かに北の森ではディルジーラを倒したけど、かの魔獣が王獣級に分類されているのは、あくまで群れ全体の脅威度を踏まえてのことであって、真っ正面から挑んで打ち勝ったのならまだしも、前回はリーダーだけを不意打ちのようにして狙い撃っただけだから、厳密には王獣級を討伐したとは言えないし、まして技術的にも精神的にも未熟な私がライゼンさんの再来だなんて、おこがましいにもほどがある。  噂というのは得てして一人歩きしがちなものだとはいえ、尾ひれに背びれまでついた今の話から察するに、みんなの中で私はすでに大変な人物となっている可能性が高く、十日後には会うなり幻滅されるのではないかと今から冷や汗が流れてくる。 「なんであんたばっかり噂になるのよぉ~。私のことも噂してくれたっていいじゃない。ほら、『情熱の戦乙女』とか~、『紅蓮の美少女』とか~」  というわけで大いに狼狽えていたものの、一方で、おろおろする私を頬杖をついて眺めていたリズちゃんが、ちょっと拗ねたような表情になってため息をついた。  代われるものなら喜んで代わってあげたいんだけど、世の中というのはままならないものである。 「リズちゃんって、ホントそういうの好きだよね…」  そんなリズちゃんを見て、やれやれとメイが肩をすくめる。 「けっ、かまってちゃんかよ。大体、お前はもう『少女』なんて年じゃ…」  しかし、続けてロックさんが歳の話をした刹那。  スパーンッ!  ニヤニヤし出したロックさんとホートさんの顔面に、いつの間にか手布を取り出していたリズちゃんの一撃が放たれた。  手布といえども、リズちゃんの手にかかればまるで稲妻のように素早く強力な鞭となる。  果たして手布とは思えない鋭い音と共に、二人の大きな身体がもんどり打ってイスから転がり落ちた。  こうしてあらゆるものを武器として使うことができるのがリズちゃんの特技の一つで、いつもすごいなぁと感心してしまう。  私も刀と弓だけじゃなくて、他の武器の扱いも覚えようかなぁ…。 「てめえ、リズ!何しやがる!?」 「あ~ら、ごめんあそばせ。  軽く突っ込みを入れただけのつもりだったんだけど、そんなに吹っ飛ぶとは思わなかったわ~。これだから口先ばかりの軟弱な男は嫌よねぇ…」 「そりゃあお前みたいなゴリラ女に比べられちまったら…って、おい止めろ!振りかぶるな!」 「俺は何も言ってないんだが…」 「言わなきゃいいってもんじゃないのよ?」  そのまま、またもやバチバチと火花を散らし合うリズちゃん達。  また始まっちゃったよ…、とメイがもう一度肩をすくめ、サトリさんも困った子を見るような目になって小さくため息をつく。 「三人とも、会議中だぞ」 「子供か、おめぇらは…。じゃれ合ってねぇで、とっとと席に着け!」 「「う…、すみません…」」  でもリュートさんとダンテさんから窘められた途端、しゅんと静かになった。 「半年の激務で相応に疲れているかと思ったけれど、まだまだ元気が有り余っているようで頼もしいわ。  それなら三人にはあとで少し仕事をお願いするとして、次は資産の運用状況についての報告を聞かせてもらえるかしら?」 「「!?」」  そして続くサトリさんの何気ない言葉に、たちまちサッと顔から血の気を引かせると、 「これ絶っっ対、『少し』じゃないパターンよね…!?」 「本当に少しだったらそれはそれで怖いけどな…」 「休日…、半年ぶりの俺の休日が…」  先ほどまでの火花散らし合う雰囲気はどこへやら、揃って頭を抱え始めた。  やっぱり仲がいいなぁ。  微笑ましい三人の様子に顔をほころばせる私の一方では、メイが何やら深い同情の籠もった目を向けていた。
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