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「え、ええと、あ、あの…、こ、これは私が報告してしまってもよろしいのでしょうか…?その、こういう大事なご報告はエドガー様の方が…」
と、三人のことはさておき、資産という言葉に当然のようにみんなの視線がフィーナへと集まる中、当の本人はさっきからチラチラとエドガーさんの方を窺いながら戸惑っていた。
フィーナは計算の速さと正確さから、村にやってきて間もなく天ヶ原全体の収支管理を任されていて、立場上はマリナさんやエドガーさんの部下ということになる。
だからきっと上司であるエドガーさんを差し置いて、自分が報告していいのかと困っているのだろう。
こういう律儀なところも財務の仕事にぴったりだと判断された由縁で、隣で自分の書類を整理しながら、そういえばエドガーもいたわね、なんて言っているゾフィーとはどこまでも対照的だった。
ゾフィーはもうちょっと、エドガーさんを労ってあげて…。
「うん?ああ、僕のことは気にしないで。ランフィーナの方が上手に報告できると思うし、僕はほら、裏方の方が似合っているからね…」
もっとも当のエドガーさんもフィーナが説明するものだと思っていたようで、話を振られて咄嗟に目を瞬いていたものの、すぐにいつもどおり人の良さそうな微笑みを浮かべて控えめに手を振り返す。
「まあ確かに、エドガーさんほど裏方が似合う人もいないわよねぇ」
「それに冴えないエドガーの旦那よりも、美人のランフィーナに報告してもらった方が嬉しいよな。な、ホート?」
「そうだな」
すると、頭を抱えてアンデッドさながらの唸り声を上げていたリズちゃん達が急に復活し、何やらしたり顔でうんうんと頷き始めた。
三人とも、なんでエドガーさんの話題になったら急に元気になるの…。
「え、あ、あの…」
歯に衣着せぬリズちゃん達の物言いに、どう反応したものかとフィーナがますます狼狽える。
そのまま、どうしましょう…、という目でちらりと助けを求めてきたけど、私の方も、どうしようね…、と困った顔を返すことしかできない。
なんだか、日に日にみんなの(主にリズちゃん達の)エドガーさんへの扱いがひどくなっているような気がする。
「おとうさん!なにを、なさけないことを、いってるの!おかあさんに、いいつけるわよ!」
挙げ句にはミーアにまで怒られてしまい、表情をますます気弱なものへと変えていくエドガーさん。
「ええっ、マリナにかい?それは困るなぁ…。知ってのとおり、マリナにはこの前叱られてしまったばかりでね…。なんとか内緒にしてはもらえないかなぁ…、この通りだよ、ミーア」
「なら、あたしとシファのおかしで、てをうってあげるわ!」
「はは、ミーアはすっかり商売上手になったなぁ。じゃあ、それで交渉成立だね。あ、お菓子のことも、マリナには内緒だよ?」
「うん!」「やったぁ~!」
「「……」」
拝み倒すようにして幼い愛娘のご機嫌を取るエドガーさんの姿に、なにやら妙に楽しそうだったリズちゃん達も、流石に何とも言えない表情になって沈黙した。
え、エドガーさん…。
この場合はミーアの成長を喜ぶべきなのか、はたまたエドガーさんの立場に同情すべきなのか。
反応に困って戸惑う中、その様子を呆れ顔で眺めていたゾフィーがやれやれとため息をついてフィーナに目を向けた。
「エドガーはあんな調子だし、このままだと話は逸れる一方だから、もう貴女から報告した方がいいと思うわよ」
「そ、そうですね…。それでは改めまして、私から報告させていただきます。
まずは天ヶ原の総資産についてですが、お手元の資料を…」
肩をすくめるゾフィーに頷き、フィーナが慌てて報告を始める。
そうして事前に配布した資料も交えながら説明してくれたところによれば、拠点や訓練施設の確保と維持、天ヶ原内外のみんなへの食糧や薬などの生活支援、武器の調達、他にも諸々の研究開発や人材の育成など、毎日のようにとんでもない額の支出があったものの、それ以上に収入の方が大きく、総資産は減るどころか着実に増えていっている状況で、今後必要となってくる復興などの費用も問題なく賄えるとのことだった。
今までも、大きなお金が動いているんだろうなぁ、と漠然とは思っていたけど、こうして実際の数字を見ると、やりとりしている額の桁が違いすぎてクラクラしてくる。
__なんだか、金銭感覚が狂っちゃいそうだよね…__
__ホントにね…__
涼しい顔で資料に目を通しているゾフィーの傍らで、メイと一緒になってしぱしぱと目を瞬いてしまう。
これほど大きなお金が毎日のように動き、しかも収支の対象となる種類も数も豊富な上に、予期しないことだって起こるのだから、管理はどう考えても容易ではない。
なのに毎日悲鳴を上げながらもそれをしっかりやってのけるフィーナは、やっぱりすごいと思う。
「…以上が財務状況のご報告となります」
「なるほどね。
詳細までしっかりまとめられているし、説明も明確でとても分かりやすかったわ。大変だったと思うけれど、この半年間よく頑張ってくれたわね」
「あ、ありがとうございます…!」
惜しみないサトリさんの賞賛に、ピシッと背筋を伸ばしてフィーナが返事をする。
サトリさんと話すとき、フィーナはいつもこんな風に少し緊張した様子を見せる。
なので前に不思議に思って理由を尋ねてみたことがあったんだけど、「決して怖いとかそういうわけではなく、むしろとても良くしていただいているのですが、自分でも不思議とごく自然にそうなってしまうんですよね…」
と、他ならない本人が首を傾げていた。
そういえば、前に遊びに来たアリンナ達も同じようなことを言っていた気がするし、生まれたときからずっと一緒にいる私やメイには分からないだけで、もしかしたらこれが女王の威厳というものなのかもしれない。
「フィーナ、毎日遅くまで頑張ってたもんねぇ…」
報告が終わって少しホッとした表情を見せるフィーナに、メイがしみじみと呟いた。
「そう言うミメイちゃんだって、遅くまで頑張っていたじゃないですか」
と、フィーナもしみじみと返し、それがおかしかったのか、ぷっとどちらともなく吹き出し、そのままクスクスと笑い合う。
「それにしても、ミスリルや世界樹クラスの希少物をよくもまあこれだけ上手く捌けるものね。普通ならとっくに出所を突き止められて、差し押さえられているでしょうに」
「そうだね。改めて考えると、それを十数年間も続けられるってすごいことだよね」
ゾフィーの言うとおり、希少性の高いものはそれだけリスクも大きくなるので、収入源とするのは実は簡単なことではない。
まして、家の中にも何気なく生えているからと昔お母さんが間違ってスープに入れてしまったこともあった世界樹も(ちなみにものすごく苦かった)、前に一度ミーアが工房の資材置き場から勝手に持ち出して遊んでいたミスリルも、身近すぎて今まで気づかなかっただけで実際は国が動くほどの希少性を秘めているのだから、取り扱いの難度は想像を絶するに違いない。
「それはエドガー様の卓越した商売手腕によるものなのですが…」
改めて感心する私達から、ちらりとフィーナが視線を移す。
「おとうさん!おかしは、やっぱりケーキがいいとおもうわ!」
「ケーキかぁ…。でも生菓子だから買ってくるわけにもいかないし、かといって忙しいダンテにお願いするわけにもいかないからなぁ…。あ、それなら僕と一緒に作ろうか?」
「えぇ~…。おとうさんじゃ、ダンテさんのあのあじは、だせないとおもうわ…」
「はは、確かに僕じゃ無理そうだなぁ…」
つられて目を向けた先では、その偉業を成し遂げた本人が愛娘から遠慮なく駄目出しされて力なく笑っていた。
あ、ああ…、エドガーさん…。
毎日頑張って働いているのにこれからもずっとこんな感じなのかと思うと、ちょっと目頭が熱くなってくる。
「落ち着いたら、エドガーさんを労う会でも開こっか…」
「うん…」
「そうですね…」
メイとフィーナもやっぱり同じ気持ちだったようで、三人でしんみりと頷き合う。
なお案の定というべきかゾフィーに気にした様子はまったくなく、すでに自分の報告資料の再確認を始めていた。
ゾフィーももう少しだけでいいから、エドガーさんを労ってあげてね…?
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