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「さて。続けてゾフィー、お願いするわ」
「はい。それではまず、一ページ目をご覧下さい」
ともあれサトリさんに声をかけられると、資料を片手にさっそくゾフィーがよどみない口調で報告を始めた。
この資料を使った報告は元々ゾフィーが始めたことで、準備が少し大変だとはいえ、説明がとても分かりやすくなるため、特に内容が複雑な案件では大きな効果が得られる。
なのでさっきのフィーナ然り、メイや私も度々真似させてもらっていた。
「私が担当させていただいている天ヶ原の復興計画ですが、草案はほぼ完成しました。
本計画は一年というごく短い期間で迅速に復興を完了させることを見込んでおり、住居の建て直しや食料の配分、仕事の割り振りに始まり、防衛や外交など復興に関することはもちろん、その後の自給自足体制の確立も見据えたあらゆる事項が盛り込まれています。
状況に合わせた調整が必要となるため、現時点ではあえて草案という形に留めていますが、現地に足を運び、ひとたび様子を詳らかに把握できれば、すぐにでも決定案として取りかかることができるようになっています」
ゾフィーが今話したとおり復興計画には幅広く様々な要素が含まれていて、その内容はもはや内政に近い。
全体を見渡す広い視野が要求されることはもちろん、様々な部門の人達や、時には国内だけでなく外の人達とも頻繁に打ち合わせや折衝を行う必要があり、まさにゾフィーにはうってつけの仕事だと言えた。
フィーナの時もそうだけど、サトリさんの仕事の采配は毎回絶妙で、しかも必ず本人が成長できるような振り方をするので、とてもやりがいがある。
なのに、私だけは仕事量を制限されてるんだよね…。うぅ…。
理由は言うまでもなくあの事件が原因であり、そんなわけでここしばらくの間、私は申し訳なさで悶々とした日々を送っていた。
「貴女に任せた仕事もかなりの難度だったはずだけれど、期待していた以上の出来だったわ。これからもお願いするわね」
「!はいっ!」
と、内心で手をつく私はさておき、にこりとやっぱり嬉しそうに笑うサトリさんの言葉に、ゾフィーが感極まった表情で返事をする。
サトリさんを敬愛し、認められるべく日々頑張ってきたゾフィーだけに、今の言葉は相当嬉しかったに違いない。
その気持ちは私にもよく分かるので、素直に喜びを表現するゾフィーを見て自然と顔がほころんでくる。
「ゾフィーの洗脳を解くのはもう無理なんだろうなぁ…」
するとメイがため息交じりに呟いた。
見ればやれやれと肩をすくめていて、その様子に思わずフィーナと顔を見合わせてしまう。
「ふふ、そうだね」
「確かに、もう無理かもしれませんね。ふふふ」
でもすぐに二人してクスリと吹き出した。
サトリさんに対してだけは素直になれないメイだけど、本当は大好きだということは私とフィーナはもちろん、すでに村にいる全員がよく知っている。
「え、ちょ、ちょっと、二人してなんなの、その微笑ましい子を見るような目はっ!?絶対何か勘違いしてるでしょ!?」
「あら、なんだか面白そうな顔をしているわね」
「顔!?話じゃなくて!?っていうかそれどんな顔!?」
「やれやれ、メイちゃんは、あいかわらず、おちつきがないわね!」
「せんのう、ってなに?」
すかさず目を光らせたゾフィーや、ミーアとシファも話に交ざってきて賑やかになる。
「貴女達。仲がいいのは結構なのだけれど、会議はまだ終わっていないわよ」
「!も、申し訳ありません…」
そんな私達を見てサトリさんが困ったように笑い、途端にゾフィーがしゅんとなって謝る。
そのまま、なんてことをしてくれたのよ…、と怒りの眼差しを隣へと向け、私が悪いの!?とメイがぎょっとした表情を返す一方で、女三人寄れば姦しいって言うからな、なんて訳知り顔でロックさんが肩をすくめ、おめぇが言うな、と後ろ頭をダンテさんに叩かれていた。
みんなで集まると賑やかになるのは昔からだけど、最近はなかなか機会がないこともあって、こんな風についつい話が盛り上がってしまう。
「最後はチアキの報告かしら」
「はい」
もっともサトリさんが仕切り直せばすぐに話は本筋へと戻り、静かになる。
これもサトリさんのすごいところの一つである。
「私からのご報告は、天ヶ原内部の状況についてです。
御存じの通り、内部にいる同胞達は非常に劣悪な環境下に晒されており、食事もままならずに重労働をあてがわれ、眠る場所もほぼ野ざらしという状態です。皆一様に骨と皮さながらにやつれていて、病に倒れる者も少なくありません。これでは反旗を翻すどころか、その日を生き抜くだけで精一杯でしょう」
「「え!?」」
ただ続くチアキさんの報告により、またざわりと場がざわついた。
それもそのはず。
天ヶ原内部の環境の劣悪さについては事前に耳にしていたとはいえ、その中でも何とか耐えながら決起の時を待ち続けていると聞いていたので、この報告はまさに寝耳に水のことであり、戸惑わないはずがなかった。
「…と見えるようリュウゲン様のご指示の下、皆で徹底してきましたので、天ヶ原に駐在している帝国兵達もそれを信じ切っており、蜂起を疑う気配すらありません」
「「…え?」」
しかしチアキさんがさらにそう続けたため、今度は目が点になってしまう。
なお、この間もチアキさんの表情はやはりまったく変わらず、無表情のままである。
え、ええと…?
「おぉ、チアキが冗談を言うなんて…。うーん、燃えてるねぇ…」
咄嗟に理解が追いつかず、みんなと一緒になって目を瞬いていたものの、メイのその一言により止まっていた時間が動き出した。
非常に珍しいことに、どうやら今のはチアキさんなりの冗談だったらしい。
表情がまったく変わらないから、ぜ、全然分からない…!
村でもチアキさんの表情の変化を読み取れるのは、長い付き合いのサトリさんとトキサダさん以外ではメイしかいない。
私だってメイと同じく生まれたときから一緒にいるのに、未だにまったく分からなかった。
「じ、冗談だったんですね…。びっくりしました…」
「チアキも存外茶目っ気があるのね」
ホッとした空気が広がる中、チアキさん分かりづらすぎっ!と突っ込みを入れるリズちゃんに、申し訳ありません、とやっぱり無表情のまま謝るチアキさん。
その様子を苦笑いしながら眺めていたものの、しかし一方ではどこか納得もしていた。
よく考えてみれば、チアキさんだってずっとこの日を待ってたんだもんね…。
いくら冷静なチアキさんといえども、十七年分の思いが積もった今の状況で気持ちが高まらないはずがなく、だから普段ならまず口にしない冗談を言ってしまうのも、無理もないこと(?)なのかもしれない。
そしてもちろん、気持ちが高まっているのはチアキさんだけではない。
「リュウゲン殿は、昔から人を化かすのが得意な方であるからなぁ。増長した帝国兵どもを騙すことくらい造作もないだろう」
「『双鞭の知将』などと皆は呼んでいたな。会うのが楽しみだ」
ニヤリと笑い合うトキサダさんとリュートさんを始め、他のみんなからも銘々の形で確かな闘志が伝わってくる。
「事実、私達が薬や食料の支援に向かう度に決起の日を問われるくらい、皆の気持ちは強い状況です。来たる戦いでも、誰一人として遅れを取る者などいないでしょう」
「ふふ、頼もしい限りだわ」
最後にチアキさんがそう締めくくるのを聞き、サトリさんが満足そうに頷いた。
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