大わらわの半年間

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「なんだかしんみりとしてしまったわね。さあ、お参りを済ませましょう」  ただすぐにいつもどおりの雰囲気に戻ると、そのままお墓に向かって歩き出したので、慌てて私達も後に続いた。 「……」  ふと隣を見れば、メイが何やら考え込んだ様子で歩いている姿が目に映る。  実はここに来るのは元々サトリさん達三人だけで、メイと私はみんなと一緒に村でお留守番をしている予定だったんだけど、新参者だとはいえ天ヶ原の一員として、国の為に戦ってくれた人達のことはしっかり記憶しておきたかったし、何より大事な家族を守ってくれたお礼を言いたかったので、お願いして同行させてもらうことになった。  その際メイは「私も久しぶりに遠出がした~い!」なんて口にして、遊びに行くのではありませんよ、とすかさずチアキさんにため息をつかれていたけど、こうしてサトリさんの言葉を真剣に受け止めている姿を見れば、本当の理由なんて言わずもがな。  サトリさんのことになると素直じゃないんだから、ふふ。  可愛らしい親友の大真面目な横顔を見ながら、つい頬を緩めてしまう。 「……」  そうしてお墓の前に立ち、お酒と塩で墓石を清めてお供え物をしたあとは、みんなで両手を合わせて黙祷を捧げた。  細かい作法の違いはあれども、死者の前で祈りを捧げるという行為はどの国でもよく行われている。  でも神様ではなく、死者に対して祈るのは天ヶ原固有の風習だった。  貴方達に代わって今度は私達がみんなを守るから…。  だからどうか、安らかに見守っていてね。  ザアッと潮の満ち引きする音だけが、まるで子守唄のように絶え間なく静かに響き渡る。  それは耳慣れないものであるはずなのに、不思議となんだか懐かしい感じがした。  __奪還作戦開始、七日前__ 「おかあさん、いすのおそうじ、おわったよ」  この日は、朝からドタバタと家中をせわしなく動き回っていた。 「ありがとう。じゃあ、次はこの荷物をあっちに運んでもらってもいいかな?」 「うん!」  窓を拭いていた手を止め、キラキラとした目で見上げてくるシファに微笑みかけながら、整理を終えた小さめの包みを手渡す。  小包は肩に下げられるようにしてあって、そのまま明日シファに持っていってもらう予定のものだった。  少し重いかと思ったけど、よかった、大丈夫そうだね。  パタパタと尻尾を元気よく揺らし、軽い足取りで荷物を運ぶシファの背中を頬を緩ませながら見送り、また掃除に戻る。  すでに向こうに持っていく荷物は大方まとめ終えたので、あとは家の掃除を終わらせれば出発の準備が整う。  いよいよ明日かぁ…。  ふと窓から外を見れば、いつの間にか日が傾きかけていた。  私達はこれから天ヶ原に進軍して国を取り戻す。  このため明日にはさっそく奪還の拠点となるお屋敷がある場所、エールダニア区の都市アッサラムルの郊外へと向かうことになっていた。  アッサラムルは、コルサニアの街があるゼグリィス区とダーグネイトのほぼ中間に位置する都市(ユーガドノルス区の隣)で、本来なら二日程度で到着できる距離であり、こんなに早く出発する必要はないんだけど、雪が街道を埋め尽くすこの時期だと倍以上の時間がかかってしまうのである。  アッサラムルの拠点に到着すれば天ヶ原はもう目と鼻の先であり、そこでマリナさん達や各地から集まったみんなと合流し、翌日にはいよいよ奪還作戦が決行される。  そして奪還が成功すれば今度は防衛と復興に尽力することになり、つまりそれは、ここにはもう戻ってこないということを意味していた。  だから、しっかりお別れの準備をしなくちゃ。  生まれてからずっとこの村で育ってきた私にとって、ここはあるのが当たり前の故郷で、本当はたくさんの思い出が詰まったこの場所から離れるのはものすごく寂しかった。  それでも日中は忙しく動き回っていることもあり、なんとか平気でいられるんだけど、夕暮れの日差しが部屋を赤く染め始めるのを見たらもうダメで、一気に寂寥感が強くなってきてしまう。  もはや目につくもの片っ端から思い出が蘇ってくるような有様で、正直今も気を抜くと涙が溜まってくるくらい切ない。  しかしそんな中でも泣かずにいられたのは家族がいてくれたからで、特にお父さんの影響が大きかった。  というのも、お父さんは私以上に深刻だったのである。 「うぅん…、うぅむ…むむ…むぅ…。  うぅ……ああ、ダメだ…!やっぱりララの残してくれたものを取捨選択するなんて、私にはとてもできないよ…!叶うなら全部持っていきたい…!家ごと持っていきたい!ああ…、私は…、私はいったいどうすればいいんだ…」 「るーちゃん、さっきから、ぜんぜんすすんでないよ?」  ここ数日の間だけですっかり耳慣れた、うんうんと唸る声に苦笑いしながら顔を向ければ、ものすごく深刻な表情でお母さんの残した絵画や楽器とにらめっこしていた、るーちゃんことお父さんが、頭を抱えて絶望の声を上げた。  最近はもう終日ずっとこんな調子でどれを持っていくかを悩み続けており、にも関わらずシファの言うとおり進展はまったく見られない。 「お父さん、気持ちはよく分かるけど、出発は明日なんだからそろそろ決めないと…」  当然家の中にあるものすべてを持っていくわけにはいかず、持ちきれないものはここに残していくしかない。  かくいう私も思い出の詰まったものばかりある中で、どれを持っていくかなかなか決められずにすごく悩んでいたんだけど、もしかしたら誰かがまたここに住んで大切に使ってくれるかもしれない、と思えば少しは気持ちも軽くなったし、何より悩みすぎて食事も喉を通らないお父さんの姿を見ていたら、割と冷静に状況を受け入れることができたのだった。  自分以上に深刻な人を見ると、ふと我に返ることってあるよね…。 「そう、だね…。  よし、それなら、ララと初めて出会ったときに手当てをしてもらったこの手布と、ララが私に名前をくれたときに一緒に送ってくれたこの絵と、ここに住むことになったときにララが作ってくれたこの椅子と…、ああ、でもソラが生まれたときに二人で作ったこの楽器と、ソラが無事に一歳の誕生日を迎えられたときに作ったこの食器も…」 「おかあさん、るーちゃん、あさからおんなじこといってるね?」 「そ、そうだね…」  思考が完全にループしてしまっているお父さんの様子に、シファと二人で顔を見合わせる。  流石に椅子はかさばるから持っていかない方がいいと思うよ、お父さん…。 「あ、それじゃ、わたしが、るーちゃんのかわりにえらんであげる!」 「え?シファがかい?」  そのままどうしたものかと悩んでいたものの、するとシファが顔を輝かせてそんなことを言い出した。  思いもよらない提案に咄嗟にお父さんと一緒になって目を瞬くも、すぐにいい案だと気づき、お父さんを振り返る。  可愛い孫娘のシファが選んでくれたのなら、お父さんだって踏ん切りをつけられるに違いない。 「わぁ、それはとてもいい案だと思うなぁ。どう、お父さん?」 「そうだね…、うん、確かに名案だ。情けないけど、私ではいつまでたっても決められそうにないからね…。それじゃあ、この運命の選択はシファに委ねよう」  なので私は微笑ましい思いで、お父さんは覚悟を決めた表情でそれぞれシファにお願いすると、うん!と元気よく返事をして、好奇心に顔をキラキラと輝かせながらさっそくペタンと作品の側に座った。 「これは…ちょうちょ?こっちは、うさぎだ!わぁ、おいしそう」  尻尾や耳をパタパタぴくぴくさせながら楽しそうに選ぶ姿を、お父さんと二人頬を緩ませて見守る。  お母さんにも会わせてあげたかったなぁ…。  シファもお母さんと同じくお絵かきは大好きだし、何よりお母さんは子供好きのとても優しい性格だから、きっと大喜びで一緒に遊んだことだろう。  絵を見て笑うシファの姿にその光景が目に浮かんでくるかのようで、じんわりと心に温かいものが広がっていった。  でも兎の絵を見てまず出てくるのが「美味しそう」なのは、ど、どうなのかなぁ…。  私も兎肉は大好きだし、正直気持ちはすごくよく分かるんだけど、果たして今のままの育て方でいいのかと一抹の不安も覚えてしまう。
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