大わらわの半年間

14/16
前へ
/412ページ
次へ
 そうしてシファにも手伝ってもらいながら、なんとか荷物をまとめ終えた頃にはすっかり日も暮れて、夜の静寂と共にしんしんと冷気が降りてきた。 「あ、ゆきだ!おかあさん、るーちゃん、ゆきがふってるよ!」  夕ご飯を終えてそのままゆるゆると団らんしていると、不意にピクリとシファが耳を立てて窓辺に駆け寄り、尻尾をパタパタさせながら私達を振り返った。 「わ、本当だね。道理で寒いと思ったよ」  大興奮のシファに手を引かれるようにしてみんなで外に出てみれば、白く広がる息の向こう側で、家の明かりに照らされて銀色に輝く雪がふわふわと舞い始めていた。  アリガルースは比較的暖かな南大陸にあるとはいえ、冬になればよく雪が降る。  現に少し前にも何度か降ったため、物陰などには所々その名残があり、だから今日も別に今冬の初雪というわけではないんだけど、シファやミーアは雪を見る度に毎回大はしゃぎで走り回っていた。  そういえば私も小さい頃は、雪が降り始めると無性にワクワクしたなぁ…。  途中で止まずに積もった翌日には、メイと二人で雪だるまやかまくらを作ったりしたことを思い出し、みんな同じなんだなぁと微笑ましくなってくる。  ちなみにメイは今でも雪を見るとすごく元気になり、この前もシファ達と一緒に雪だらけになって、チアキさんとゾフィーから大きなため息をもらっていた。 「この調子だと、明日からの行程にも影響が出るかもしれないね」  というわけでさっそくシファが元気に駆け回るのを眺めていると、お父さんが空を見上げて少し心配そうに呟いた。 「あ、それは大丈夫だよ!  明日乗る馬車の馬は雪上での訓練をしっかり受けた子達だし、実は車の方も冬仕様にダンテさんが改造してくれたの。刀の準備で忙しかったのに、合間を縫って作ってくれたんだよ。すごいよね!」  それを聞いて思わず熱を込めて説明を始める。  というのも明日私達が乗る予定の馬車には、今自分で言ったとおり、ダンテさんが発案したとても画期的な技術が導入されているのである。  まだ試作の段階だとは言っていたけど、設計仕様書を見せてもらった限りでは十分実用に耐えうるものだし、その機能性には瞬きも忘れて魅入ったものだった。 「それで冬仕様というのはね、具体的に言うと防寒性能や車輪周りの雪除け、滑り防止機能が強化されていて……あ」  しかし話し始めて間もなく、ハッと我に返る。 「ご、ごめんなさい…、また熱中しちゃって…」 「ははは、構わないとも。ソラは本当にそういうことが好きなんだなぁ…」  好きなことを前にすると夢中になり、周りが見えなくなってしまうのは私の悪い癖。  気がつけば鐘一つ分(約二時間)は優に過ぎていたなんてこともしょっちゅうで、メイ達にもよく迷惑をかけてきた。  それでもみんないつだって笑って許してくれたし、今だってお父さんもニコニコと話を聞いてくれているけど、今日はこの家で過ごす最後の夜。  そんな大事な時間を私の一方的な話で台無しにするわけにはいかない。  と、そうして私達が話をしているうちに、ひとしきり雪を堪能し、頬や鼻先を真っ赤にしたシファが元気よく戻ってきたので、三人でお母さんのお墓へと向かうことにした。  その際、近くに咲いていた小さな白い花を摘み、お墓にお供えするのも忘れない。  手向けたのはスノーリリーという名前の、お母さんが特に好きだった花の一つで、「望郷」という花言葉があるのだと生前に教えてくれた。  望郷、かぁ…。  望郷と聞いて真っ先に思い出すのは、お母さんの故郷のこと。  それはとても遠く、大海原や別の大陸をいくつも越えた遙か先にあるらしい。  隣の大陸のことですら、その一国であるアントーラシュ王国の情報くらいしか伝わってこないのに、さらに遠くとなればあのサトリさんですら知らない完全に未知の領域となる。  だからいったいどんな場所なのか興味は尽きず、よく話をねだったものだった。  もっとも、お母さんは即興で物語を作れるほど想像力豊かな上に、非常に感覚的かつ独特な感性を持つ人だったこともあり、話を聞けば聞くほどむしろ謎は増えていくばかりではあったんだけど。  __私の故郷?そうだねぇ…。色んなものがぽわ~って浮かんでたり、    ピカピカーって光ってたりしてたなぁ…。    あ、この村とちょっと似てるかも!    草やお花がたくさんあるところとか~、    空気がなんかスーッと入ってくる感じとか~。    向こうにはもくもくとお空に浮かぶ雲みたいな可愛いお家とか、    水の中にある綺麗なお家とかもあってね~。    そうそう、氷で作ったお家なんていうのもあったよ!    でも夏はいいけど、冬は寒いよねぇ…。    え?見てみたい?そうだよね、そうだよね!    できることなら私も、ソラやメイちゃん、    ルーちゃん達に見せてあげたかったなぁ…。    きっと、サトりんやちーちゃんだって目がまん丸になると思うよぉ~。    ふふ、ちょっと見てみたいかも!    でもね、ソラ。私の故郷は、ここからだとすごーく遠いの。    私も来るときは、ものすごーーーく歩いたんだから!    海なら船だから歩かなくて楽々なんだけど、    みんなとってもピリピリしてるし、    大きくて怖ーい生き物が何度も船の下を通って怖かったし…。    それにこっちはとっても広いから、すっかり迷子になっちゃってね~。    嫌だなぁ…、もう帰りたいなぁ…って泣きそうになってたんだけど、    そんなときルーちゃんと出会ったんだよ。    あの時のルーちゃんはね、尖った刃物みたいな感じで、    でもビリビリってなるくらいかっこよくて…。    あ、もちろん今だってすっごく格好いいけどね!    今はそうだなぁ…、お鍋とか箒とかが似合う    ほんわかしたかっこよさって感じで…__  それで最後は大体お父さんの惚気話になるんだよね。ふふ。  結局故郷がどこにあるのかは分からなかったし、抽象的な表現が多くてイメージを掴むのも難しかったけど、それでもお母さんが話す故郷の様子はとても面白く魅力的で、いつもワクワクと楽しい気持ちにさせられた。  ただ、天真爛漫な性格のお母さんは一方で寂しがり屋な一面もあり、故郷の話をしているときに時々見せる寂しそうな目は今でも鮮明に思い出すことができる。  他にもお父さんが一日外出するだけで娘の私に、寂しいよぅ~と泣きついてきたり、剣の修練ばかりに明け暮れていたらむくれてしまったり、なんてこともあった。  こうして改めて考えてみると、これだけ寂しがり屋なのによく故郷から出る決心をしたものだと思う。 「……」  だけどそんなお母さんを残して明日、私達は出発する。  防衛や復興など今後のことを考えると、少なく見積もっても数年は向こうを離れることはできないはずだし、そもそもアリガルースが帝国と戦争状態に入ってしまえば簡単には帰れない。  それどころか、最悪の場合はもう二度と戻って来られない可能性だってあった。  もしそうなったら、お母さんはずっとひとりになっちゃうんだ…。  誰も訪れることのなくなったお墓は荒れ果てていき、やがてはその存在すら忘れ去られてしまうのだろう。  そう思ったら、急に胸が締め付けられるような猛烈な寂しさが襲ってきた。 「おかあさん、おなか、いたいの…?」 「…え?」  すると、心配そうな声と共におずおずと肩の辺りの服が小さく引っ張られた。  なので物思いから覚め、お供えしたときの姿勢のまま顔を向ければ、耳を寝かせたシファが不安に揺れる瞳で私を見つめる姿が映る。  無意識に自分の頬に手を当ててみれば、果たして温かい雫が指先に触れた。 「あ、あれ、おかしいなぁ…。心配させちゃってごめんね。でも大丈夫だよ、これ、は…」  慌てて袖で目元を拭い、シファに微笑みかける。  しかし涙を自覚してしまった今、寂しさはますます強まってくるばかりで、笑顔を浮かべるどころか、喉の奥からは嗚咽がせり上がってきた。  寂しい気持ちこそあったものの、ちゃんと気持ちの整理はできていると思っていたんだけど、どうやらまったくそんなことはなかったらしい。  昨日お参りをしたみんなと同じく、このお墓の下にもお母さんはいない。  それでも村にいるときは不思議といつも存在を感じていたから寂しくはなかった。  でもここから離れたら今度こそ本当にお別れとなってしまうような気がして、寂しさと悲しさで胸が押しつぶされそうになってくる。
/412ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加