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な、泣いちゃ駄目、またシファを不安がらせちゃうから…。
すかさず前に散々後悔した記憶を引っ張り出してなんとか自分を奮い立たせようとするも、涙は止まらず、むしろ後から後から溢れ出してくる。
それでも何とか止めるべく必死に涙を拭っていると、不意にそっと私の頭に大きくて温かい手が置かれた。
「大丈夫だよ、ソラ。どこに行ったって、ララはちゃんと私達のことを見守っていてくれるさ」
どうやら私の気持ちなんてすっかりとお見通しだったらしい。
そのまま傍らにかがみ込んだお父さんが、かつてのように優しく頭を撫でてくれ、優しいぬくもりが頭を伝って心にもじんわりと広がっていく。
「うぅ…、お、お父さぁん…」
それを感じた途端ついには堪えきれなくなり、ボロボロと泣き出してしまった。
お父さんに頭を撫でてもらうのも、こんな風に思い切り泣くのも、いつ以来のことだろうか。
もう思い出せないくらい前のことだったけど、大きな安心感のあるこの手のぬくもりだけは頭と心がはっきり覚えており、まるで子供の頃に戻ってしまったみたいに見栄も外聞もなく泣きじゃくる。
「いいこ、いいこ」
そんな中、今度はお父さんよりもだいぶ小さく、けれど同じくらい温かい手が私の頭に置かれた。
思わず顔を上げれば、背伸びをしたシファが一生懸命私の頭を撫でてくれていて、いたいけなその姿には、咄嗟に寂しさや悲しさも忘れて顔がほころんでくる。
と同時に、かつて別れ際にお母さんが話してくれたことを思い出した。
__ほ~ら~、ソラ、もう泣かないで。
私はね、これから消えていなくなるんじゃなくて、
風や大地と一緒になるんだよ~。
だからこれはお別れなんかじゃないの。
ソラが忘れないでさえいてくれれば、
私はいつだってそこにいるんだから__
お別れなんて嫌だと泣きじゃくる私を優しく抱きしめながら、屈託なく笑っていたお母さん。
…そっか、そうだよね。今までだってずっと一緒にいてくれたもんね。
お母さんが風や大地になったのであれば、いつも存在を感じていたのも道理だし、どこに行ったってずっと一緒にいられるはず。
だから二人が言うように、村から離れることは決してお別れにはならないのだ。
そう思ったら、ようやく涙が止まってくれた。
「…ふふ。ありがとう、シファ。おかげでもうすっかり元気になったよ~」
「えへへ」
大事なことに気づかせてくれた感謝の思いを込めてシファをぎゅーっと抱きしめると、すぐに笑顔になってパタパタと尻尾が揺れ始める。
「これはまたシファの大手柄だね。それっ」
「わっ」
「きゃ~!」
と、続けて二人まとめてお父さんに抱きしめられた。
シファが歓声を上げ、そのまま三人して笑い合う。
「お父さんもありがとう」
「いやいや、ソラが笑顔になってくれたのなら何よりだよ。さっきはずいぶんと情けないところを見せてしまったし、少しくらい挽回しないとね」
「?るーちゃん、いつもあんなかんじだよ?」
「え、ええ…?」
けれどシファに無邪気に首を傾げられると、途端にお父さんの眉尻が落ちて情けない顔になった。
さっきまでの頼もしい笑顔との落差に、思わず吹き出してしまう。
「ふふふ。確かに、お父さんはいつもあんな感じだよね?」
「ねー!」
「これは参ったなぁ…。ははは」
クスクスと笑い合う私達につられてお父さんも笑い出し、夜の帳に包まれる庭先に再び明るい笑い声が広がっていく。
その間にもしんしんと雪は降り続いていて、辺りはすでに白くなり始めていたけれど、寒さはまったくなく、村での最後の夜はとても穏やかに過ぎていった。
__奪還作戦開始、六日前__
「うわぁ~ん!みんな元気でねぇ~!」
荷台から身を乗り出したメイがわんわんと泣きながら、遠ざかっていく村に手を振っている。
「もう誰も残っていないでしょうが…。
まったく、昨日の夜からずっとこの調子じゃないの。鬱陶しいからいい加減切り替えなさい。あと、寒いから早く閉めて」
「まあまあ。故郷とのお別れなんですから…」
その様子をゾフィーが実に嫌そうな顔で眺めながら容赦なく文句を言い、フィーナが苦笑いしつつ宥める。
今日はいよいよ出発の日。
朝日が一面の雪に反射し、眩しいくらいに煌めく中、私達を乗せた馬車がコトコトと確かな安定感をもって進んでいく。
うーん、流石はダンテさんの仕様だなぁ…。
雪の中でも足回りの感じが普段と全然変わらないや…。
「めいちゃんもないてる…」
そんな中、手綱を握る私の隣で御者台に両膝をついて後ろを向いたシファが、元気いっぱいに涙するメイをじぃっと見つめながら呟いた。
「昨日の私と同じで、メイも村とのお別れが寂しいんだよ」
「そうなんだ…。あ、それじゃあ、げんきづけてあげなきゃ!」
「ふふ、そうだね。いってらっしゃい」
ふんす、と可愛らしく気合いを入れて荷台の中へと向かうシファを、微笑ましい気持ちで見送る。
実際、私は昨日励ましてもらったお陰で気持ちを整理することができたし、だからきっとメイもすぐに元気になってくれるに違いない。
それに今はフィーナとゾフィーもいてくれるから、私は安心して馬車の操作に集中することができた。
「ミメイちゃん、これ使って下さい」
「うぅ、フィーナぁ~!ズズー…」
「いいこ、いいこ」
「うわぁ~ん!シファもありがと~!ズズー…」
「やれやれね…」
と、いつもどおりの賑やかな雰囲気漂うこの馬車に乗っているのは、私とシファ、メイ、ゾフィー、フィーナの五人。
もちろん馬車はこれだけではなく、先頭車にはリュートさん、リズちゃん、アーデさん、ロックさん、ホートさんが、二台目にはダンテさん、エドガーさん、ミーア、それに多量の刀と携帯食が、三台目にはサトリさん、チアキさん、トキサダさん、お父さんが乗っており、最後尾を私達が走っている、という配置となっている。
四台もの馬車が列を成している様はちょっとした隊商みたいで、なかなか壮観だった。
「ふぅ~ん…。ダンテ特製の馬車とは言っても、こうして見ると普通のものと変わらないわね」
というわけで、手綱を握りながら前を行く馬車の姿をちょっと感動しながら眺めていると、不意にゾフィーの声がすぐ近くから聞こえてきた。
「ふふ、確かに見た目は普通だけど、でも機能性は全然違うんだよ!例えば、座席や荷台の床には車輪と連動して温かくなる装置が組み込まれているし、この風よけも霊石で作られているから、視界を遮らずに寒気を大幅に防ぐことが…って、あれ、ゾフィー?メイを慰めてたんじゃ…」
なので昨夜と同じく、半ば条件反射でこの馬車の素晴らしさについて解説を始めたものの、話し始めてまもなく、そういえばゾフィーはメイを元気づけている最中(?)だったことに気づき、首を傾げてしまう。
振り向けば、私のすぐ後ろでまじまじと内装を眺めるゾフィー越しに、相変わらず滂沱の涙を流しているメイの姿が見えた。
「フィーナとシファがいるのだから、私がいても仕方ないわ。
そもそも放っておいても勝手に立ち直るでしょうに…。まったく、皆してミメイには甘いんだから」
私に続いてちらりと後ろへと視線を流しながら、ゾフィーがため息をつく。
ふふ、相変わらず素直じゃないなぁ…。
その姿に思わずクスリとする。
時には厳しいことを口にしたり、素っ気ない態度を取ったりもするゾフィーだけど、ちょっと素直じゃないだけで心根は優しい子だということは、半年間を一緒に過ごした今ではすでにすっかりと理解している。
特に、密かにライバル視しているメイに対してはこの傾向が顕著で、だからこんな風に素直になれない姿を見る度に、ついつい頬を緩めてしまうのだった。
「……」
そんな私へとゾフィーが何か言いたげな目を向けてきたものの、結局何も言わずに肩をすくめてまたため息をついた。
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