できたよ、お母さん

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できたよ、お母さん

 僕のお母さんは、とても優しいです。いつもニコニコしていて、ほんわかしていて、あんまり怒ったりしません。  そんなお母さんの口癖は、「すごいね、けんちゃん」です。  お母さんは、なかなか子どもに恵まれなくて、結婚10年目でようやく授かった僕に「(けん)」という名前を付けました。“勉強や運動が苦手でも構わない。可愛い可愛い我が子は、とにかく健康で、元気に成長してくれたらそれでいい” そんな由来だそうです。  だから、いつもお母さんは本当に小さな、どんなに些細なことでも「すごいね、けんちゃん」と褒めてくれました。特に初めてできたことには、僕が照れてしまうくらいベタベタに褒めて甘やかしてくれました。  僕は覚えていないけれど、僕が赤ちゃんの頃に初めて何かができた日は、お母さんが興奮しちゃってお父さんが仕事から帰るなりマシンガントークを止めないものだから、毎回お父さんが大変だったそうです。初めてうつ伏せで首を持ち上げた日、初めて寝返りできた日、初めてずり這いした日、初めてハイハイした日、初めてつかまり立ちした日、初めて一歩踏み出した日……日記に長文で書き記して、写真やビデオを撮って、お母さんはお父さんに何度も何度も「けんちゃん、すごいのよ」って言って、それでもまだ足りないって顔をしていたみたいです。  初めて僕が“まま”と口にした日はぼろぼろと涙を流して声を上げて泣いたりもしたそうです。でも、その“まま”という言葉は実は“”でご飯のことだったと後からわかったのだと、大きくなった僕にお母さんは楽しそうに懐かしそうに話してくれました。  とにかく、お母さんは僕の初めてのことを大事にしてくれました。  僕の初めては何でも毎日欠かさずつけていた育児日記に忘れぬよう書き記して、僕が初めてできたことはそれまでの失敗の過程も含めてすごくすごく大袈裟なくらい褒めてくれました。  僕はどちらかというとおっとりしていて向上心がなく、自転車も逆上がりも、二重跳びも、人よりできたのは遅かったような気がします。だけど初めてできたときにはお母さんが「すごいね、けんちゃん」とたくさんたくさん褒めてくれました。  闘争心もあまりなかったものだから、かけっこだってビリの方だったけれど、お母さんは「前より早くなったね、けんちゃん」と褒めてくれました。  失敗しても、何をしてもポジティブにとらえてくれる懐の深さにいつも僕は救われていました。  そういえば、早生まれの僕は幼稚園の入園式という晴れ舞台でオシッコを漏らしてしまったってことがありました。でも、お母さんはそのことよりも「けんちゃんは名前を呼ばれたときのお返事が一番大きかった」って頭をわしゃわしゃ撫でて抱き締めてくれたのです。今思えば入園式のために新調したお母さんのオシャレなツーピースにオシッコが付いてしまったんじゃないかと思います。けれどそんなことはどうでもいいと言わんばかりにずっと「すごいね、けんちゃん」と僕を抱き締めてくれました。  お母さんは、そういう優しい人です。
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