24.

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 文化祭といえば、沙也子のコスプレを拝んだだけでなく、プレゼントまでもらった日。  自分としては、すっ転んだり鼻血を出したり、情けないところばかり見せた記憶しかないのだが。まさかそんなミラクルまで起きていたとは。  人知れず感動に打ち震えていると、沙也子は一孝の手を握ったまま、涙を浮かべてはにかんだ。 「ずっと、好きでいてくれて、ありがとう。わたしが向こうにいた時も、ずっと想っててくれたんだと思うと、あの頃のわたしも救われたような気がする」  ひたむきな瞳が、まっすぐに一孝を見つめた。 「わたしも、涼元くんが好き。よかったら、わたしと、つき……」 「ちょっと待て!」  沙也子はビクッと肩をすくめると、眉を下げた。  彼女の手を握り返し、一孝は力を込めた。 「ずっと好きだったんだから、俺のセリフ奪うなよ。沙也子、俺とつきあってほしい」  どうにか告白を勝ち取ると、沙也子はぱちぱちと瞬き、くすぐったそうに微笑んだ。  昔から、この笑顔にどれだけ救われているだろう。  守りたいと思っているのに、いつも一孝のほうが沙也子に癒されている。 「……抱きしめてもいい?」  沙也子は顔を赤らめつつも、にっこりと頷いた。 (あー……、やべえ)  彼女を胸の中におさめると、とくとくと早い鼓動が伝わってくる。いや、自分のものかもしれない。    あたたかくて、やわらかい。でもそれだけではなくて。 「怖くねぇか」 「ううん、全然。それどころか、あたたかくて……、なんだか足りなかったものがピタッと埋まったみたいにホッとする……」  漠然と思っていたことを、沙也子が言い当ててくれた。  感極まった一孝が、さらに強く抱きしめると、沙也子もぎゅっとしがみついてきた。  興信所を使って過去まで調べたなど言ったら、絶対に嫌われると思っていた。  それが、今、沙也子と抱き合っている。 (なんだこれ……。軽く命日……?)  そんなことを考えてしまってから、一孝は急いで頭から打ち消した。    生きる。絶対に生きる。  沙也子を必ず一人にはさせない。    しばらくして、やがて沙也子が身じろいだ。 「そろそろ、戻ろうか。カバン置きっぱなしだし、律も心配してるかも」 「そうだな」  非常に残念だが、仕方ないと思った。  日も落ちてきたし、いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。  しかし、一度こうして触れてしまうと、見ているだけで我慢できていた以前の自分が信じられない。 「もう少しだけ」  離れがたくて、もう一度沙也子を抱きしめると、彼女は吐息だけで笑った。 「なんか、夢みたい。涼元くんと、こんなことしてるなんて」 「……俺も」 「いつも、助けてくれてありがとう。さっきも……来てくれて嬉しかった」  胸糞悪い盗撮野郎が沙也子の腕を掴んでいたことを思い出し、一孝はそこに触れた。  さりげなく上書きしたつもりだった。  だが、沙也子は促されたと思ったのか、顔を上げた。  じっと見つめられ、一孝はにわかに混乱した。  沙也子の瞳に吸い込まれそうになる。  引き寄せられるように、つい顔を近づけると、沙也子はそっと目を閉じた。 (えっ、)  自分の取った行動に今さら気づいた。  ごくり、と息を飲む。 「……いい?」  唇が触れそうな距離で、いいもなにもないのだが。どうにか絞り出した声は掠れていた。  沙也子がこくんと頷く。  この日のことは、絶対に忘れることはないだろう。  間違いなく、軽く命日だった。
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