すきすきからの卒業

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 朝のドタバタが響いたのかこの日は仕事の効率も悪く小さなミスが重なった。タイミング悪くコピー用紙は切れるし、上司の機嫌もすこぶる悪かった。今をこなすのに必死で周りが見えていない私はきっと凄い顔をしていたのだろう、トントンと肩を叩かれ振り向けば明るい笑顔がコーヒーを持って私に微笑みかけていた。 「ユキちゃーん……ありがと〜」 「いいのいいの、日向(ひなた)ちゃんすっごい顔したまんま仕事してるからさぁ、見てらんなくてね〜」  天使のような同僚のユキちゃん。入社した時からずっと隣のデスクだということもあって会社の中ではかなり親しい間柄だった。時には恋愛相談に乗ることも、人生相談をすることも。そんなユキちゃんからの差し入れでホッと一息ついて少し冷静になる。助かった。このままだと今日は大きなミスをするところだったから。 「日向ちゃんさ、今度うち来ない?他の子も誘ってワインでも飲みながら上司の愚痴言ってさ、パーッとやろうよパーッと!終電無くなったら泊まっていけばいいしさ」  私を気遣って、ユキちゃんがかけてくれた言葉。 「あ……あっ、うん!やろやろ、パーッと!」  今のぎこちない返事はバレてないだろうか。こんなにも優しい言葉を素直に受け取れないのは部屋に置いていってしまうあのすきすきの存在が引っかかっているから。そしてもちろん、ユキちゃんにも、すきすきの存在は伝えていないのだ。いくら親しいとはいえなかなか言える内容でもなかったし、言うタイミングも無かった。そんな中ですきすきをユキちゃんの家に持って行けるだろうか?物理的には持って行けても、どう思われるだろう。こんな時にまで侵食する、すきすきの存在。触れたい、握りしめたい、撫でたい、包まれたい。それなのに、これ程にも憎い存在。 「……ユキちゃん!それ、いつやる?」 「お、いいねえ〜次の休み前においで!他の子はこっちで誘っとくから!」  デスクに戻ろうとしていたユキちゃんを呼び止め声をかけた。精一杯の大きな声で、冷静を装って。いい機会かもしれない。何かが変わるかもしれない。ユキちゃんの家に、行ってみよう。 「……うん、ありがと!」
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