すきすきからの卒業

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「……また買っちゃった」  大型スーパーの2階。紳士服売り場と婦人服売り場の間にある小さな日用品コーナーで私は嘆く。平日の夕方特有の少し騒がしい空気の中で、私だけが一人背中を小さく丸めていた。それでも手に持った袋の中身が気になって気になって、その後の夕食の買い物さえも手に付かない。買い物カートに袋をぶら下げたまま回遊魚のようにくるくる回る食料品売り場。安いネギよりも、立派な大根よりも、脂の乗った牛肉よりも、今は袋の中身に気を取られて気が散っていく。メニューのひとつも決まらないままに時間だけが過ぎて、もしかしたら本当に回遊魚にでもなって水族館で展示されてしまうかも、なんてことを考える。ほらまた気が散って。ああ、早く袋から取り出して触ってみたい。頬ずりをして、手のひらで存分に。  私が買ったのは、手触りの良いごく普通のタオルケット。その触り心地の良さに惹かれて一枚購入した。値段もお手頃価格、デザインもシンプル。だがしかし、そこに「でも」が続き、落ち込んでしまうのには理由がある。倹約家でも節約家でもない私が嘆いていたのはお金が理由ではなかった。ぐだぐだと落ち込みながらなんとか確保した野菜炒めの材料と缶チューハイ。こんなメニュー、考えても考えなくても作れるし選べるというのに、私はいったい何十分かけて選んだのだろう。もっと早く選んでもっと早く帰れば、それだけ早くタオルケットをじっくり味わえるっていうのに。 「本当、バカ」  セルフレジで何故かおつりが小銭だらけになり、次々にすっとこどっこいを重ねていく自分に心の中でお説教をすれば、隣で電子決済音を鳴らすお婆さんに訝しげな目で見られてしまう。敗北。
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