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―――
進級して2月ほど過ぎたあたりだっただろうか。
あの日、大急ぎで顔を背けた俺に、相澤のブレザーが飛んできた。
「マジで最悪なんだけどっ・・・」
「ごめん・・・」
「てか、何しにきたの?」
「・・・忘れ物を取りに・・・帰らないの?」
「はぁ?どうしようと私の勝手でしょ?」
険悪なムードを壊すように、携帯のバイブがけたたましく鳴り響く。相澤は、画面を隠す。
「・・・行ってよ・・・早く・・・。」
相澤は、きっと俺を睨む。しかし、携帯画面を気にする右手は、細かく震えていた。
見るに堪えないおびただしい数の卑猥な言葉で、画面は埋め尽くされている。
「見んなっ!!!」
相澤は、乱暴に携帯を払い落とした。衝撃を受けたにもかかわらず、一方的に言葉が送られてくる光景に、俺は何となく察した。
「・・・あの・・・」
「何よ!!」
「・・・送らないほうが良いと思う。」
「なんでそんなこと言われなきゃなんないのよっ・・・なんなのよ・・・あんた・・・」
ヒステリックに叫ぶ彼女を、引きずり出すことも近づくこともできず俺は傍観した。
「送らないと・・・今までのトーク内容ネットに晒すって・・・何でも話せると思ってたのに・・・」
「・・・相手は、高校生?」
「だから分かんないってばぁ・・・」
夕暮れ色の教室で、相澤の右頬をすすっと涙が伝う。
きっとそれ以上に悲しい涙を、俺はこれまでに見たことはなかっただろう。
「・・・職員室行こう。」
「ふざけんなっ!!!こんなこと言ったって」
「そうしないと助けられない。」
半狂乱になった彼女に、俺は半ば冷たく言い放った。
「・・・すごく危険なことだから。1人で抱え込んだらもっと大変だから・・・」
「・・・・・・」
相澤は、膝から崩れ落ちて泣いた。
泣きはらした女と、釣り合いがない男。
異様な光景に、職員室は騒然とした。
俺は、声が出ない相澤の代わりに、生徒指導の教員に事の顛末を淡々と説明する。
相澤は、頷いたり、証拠の携帯画面を見せるだけにとどまっていた。
「・・・ありがとう・・・」
保護者同伴で帰宅する直前、相澤が小さな声で俺につぶやいたのを覚えている。
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