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―――
「色々言ってたくせに、自分のことはあまり考えてなかったな・・・」
「瀬戸らしいよ。・・・で・・・本当になるの?臨床心理士・・・」
「なんだ、本当になるのって・・・」
「・・・いや・・・すごい迷ってたじゃん。あの時。」
相澤は、いけないところまで踏み込んでしまったと感じた申し訳無さからか、口角を下げる。
「迷ってたらここまで来てないって。」
心配そうな彼女の頭を、俺は軽く撫でた。
「諦めんなって言ってくれたおかげだよ。」
「・・・こういうことしないのが、瀬戸だったじゃん///」
後頭部を手でガードし、頬を軽く赤らめる彼女には、今でも感謝している。
臨床心理士という職業に興味はあった。だが、色々と理由をつけて踏み出すことを躊躇していた俺の背中をはっきりと押したのが相澤だった。
『理由を探すのは簡単。でも、それで後悔するんなら、やったほうが良いと思うよ。』
俺は後悔したくなかった。
「これから互いに忙しいな・・・」
これから、どんな未来が待っているのかなんて予測できない。
期待と不安で表情が曇る俺の背中を、相澤がバシッと叩いた。
「瀬戸、真面目だから大丈夫だって。」
「うわ 暴力だ。」
「ひどーいwww」
相澤は笑いながら、足を止めた。
「・・・ありがとね。ここまで来てくれて。」
「あぁ・・・。」
人がまばらな駅。新幹線のアナウンス。
相澤は、ここから新しい世界へ1人で向かう。
「・・・じゃあ・・・気をつけてな。」
「うん・・・元気でね・・・」
俺は、踵を返す。
「瀬戸っ」
タタタッ・・・
振り向くと同時に、真っ白い小さな箱が差し出された。
「・・・ハンカチ。これからいっぱい使うかもしれないでしょう・・・」
「・・・ありがとう。」
短い言葉しかでてこなかった。
でも・・・きっとこれで良いんだと思う。
「卒業おめでとう。相澤。」
最後の最後に言おうとしていた言葉を告げると、相澤も笑顔になった。
「卒業おめでとう、瀬戸先生。」
大きく手を降ってホームの中へ歩いていく彼女は、また一段と大きくなった気がした。
高校教師の職を辞し、臨床心理士の道へ進む。
この選択が正しかったかどうかなんて分からない。
ただ
生徒が・・・相澤が自分の心に従って道を切り開いていくように、自分も自分の行きたい道を選び、進みたくなった。
それだけのことだ。
「・・・卒業おめでとう か・・・」
まだ箱を開けることはできない。
大きな花束とハンカチを抱え、俺は彼女と反対の方向へ歩いていった。
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