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◆ ◆ ◆ 「おいで、渉太くん」 「うん!」  手を広げて呼べば、金色の髪をなびかせ、少年が駆け寄ってくる。  ポンポンっと自身の膝の上を叩けば、照れたように笑い、彼は、その上へとちょこんっと座り込んだ。  海外製のシャンプーだろうか。彼の髪からは、いつだって甘い匂いがする。  抱きしめるように少年の体へと、腕を回した。  すると、耳を真っ赤にさせた彼は、甘えるように、後ろへと体重を預けてくる。 ◆ ◆ ◆  駅ビルの中の、カフェレストラン。白で統一された、テーブルや椅子。そして、壁にはドライフラワーが飾られている。  フロアの一番端に位置する場所にあるせいなのか、そこまで混雑はしておらず、静かな音楽が流れ、雰囲気もいい場所だ。  休日のある日、理美は、大学生の頃からの友人と、その場所で、食事をしていた。 「それで、理美は、どう? 恋愛の方は」  月に一回会う彼女の名前は、早百合。それが、こちらへと首を傾げて、尋ねてくる。  最近、恋人と婚約した彼女だ。  会えばかならず、聞いてくる話題ではあるが、少し前までは、愚痴の前置きであったのに、彼女の現在のその表情には、やはり、余裕が見られる。  それに答えようと思ったところで、料理が運ばれてきた。  五穀米とサラダ、そしてメインになる、おかずのその種類を選ぶことが出来る、プレート料理だ。  理美は、ネギがたっぷり含まれた甘辛ダレのかかった、からあげ。早百合は、白身魚のタルタルソースを選択していた。  漂ってくる温かなその香りだけで米を三杯はいけそうだ。「いただきます」と二人は手を合わせて、それらを口に運ぶ。 「あ、彼氏できたよ、不本意だけど」  早百合が白身魚の一つを噛んだところを見て、理美は、さきほどの彼女の質問にそう答えた。 「え、本当!? おめでとう! どんな人?」 「……10歳年下」 「あー……理美、ショタコンだもんね。むしろ今までよく我慢してきたね」  早百合は、理美の今までの彼氏のことや、そして、理美のショタコンという性癖までを知っている人物だ。  そのため、呆れたようにそう返す。 「いやでも、これは違うの! 私の好きなショタタイプではないっていうか。それに、ショタと付き合いたいと思ったことはないし、そもそも、ショタというのは、十ニ、三歳までがギリセーフという部分があって、」  そこまで、告げてから、早百合がじっとりとした瞳を向けてくる。いつもの一方的なショタトークをしたいところではあるが、早めに結論へいった方がよさそうだ。 「なんていうか彼……ものすごく大きい」 「……じゃあ、いいじゃん」  一瞬、箸を止めた早百合。辺りを見渡し、そして、息を吐くとそう言う。  そんな彼女の態度に、何か勘違いをさせてしまったのだと理美は気づいた。 「へ? ちがう! そっちの話じゃないっ、あ、そっちがどうだかはまだ知らないけど!」 「それなら、何の話?」 「体のすべてが大きいの! 身長もだけど、筋肉質というか」  理美は両手をいっぱいに広げ、彼のその体格を懸命に表現しようとする。  それは、きっと大げさなのだろうと、早百合は鼻で笑った。 「まぁそれなら、理美のタイプと違うね。今までの彼氏も、そんなに背も高くないし、細身だったし。でも、それならなんで付き合ったの?」  そう尋ねられて、理美は少しギクリとした。  彼女にすら、幼少期の渉太との思い出を語ったことはない。  そのため、あながち間違いとは言えない、非常にシンプルな回答を述べる。 「つまり……流されて」 「はい、いつものパターン」  早百合は、そういうと、また白身魚を口へと含んだ。サクっという音がする。  いつものパターン。それはそうだ。  今までに数人の恋人が出来たことのある理美。  だが、自身から告白した相手は一人もいない。  サークルの先輩、バイト先の男、会社の同期。  どれも、相手から告白され、自身の中に恋愛感情があるのか、わからないままに、それを承諾してきた。  そのパターンに今回も当てはまるといえば、確かにそうなのかもしれない。  けれど口の先から「ちがう」という言葉が出そうになった。  何が違うのか。それは、彼が、あの渉太であるせいなのか。  わからない。 「もう年齢的にも、遊んでる場合じゃないんだよ」  沈黙となった理美に、早百合は追い打ちをかけるようにそういう。  婚約者持ちに言われる言葉としては、かなり痛い台詞だ。  理美もからあげを早く食べたいと思うが、今がその時ではないと、仕方なく、サラダの中のイチョウ型に着られた赤い大根を口の端へと含んだ。  「わかってるよ。こっちも、断り辛かったし、向こうが飽きるまでは付き合ってあげたいなって考えているだけ」 「ええ!」  そこで早百合が、今までと態度を変えて、表情を明るくさせる。 「理美も、ショタにはそういう年上っぽいこと思えるんだ!」 「ショタとかじゃないから」  彼女のからかうような台詞に、理美はため息を吐いた。  目の前のチャイムを押し込む。  瞬間、無邪気にこれを押していた過去の自分が思い出された。あの時も今も、彼に会いに来たという理由は同じであるのに、妙な緊張感を覚え、不自然に背筋は伸びてしまう。 『わ、理美さん!』  インターフォンのモニター越しに、姿を確認したのだろう。扉の向こうの相手はそう、驚いたように声を発し、そのまま、ドタドタと床を鳴らして、こちらへと近づいてくる。  ガチャリと開かれた目の前の扉。それの予想していたよりも、上の位置に現われた男の顔を、理美は見上げた。 「渉太くん、急にごめんね」 「ううん! 理美さんが、会いに来てくれるなんて嬉しい!」  理美が訪れたのは、隣の渉太の家。  彼は、見えない尻尾を振り、笑顔を向けた。今日はラフなTシャツに、短パン姿だ。けれど、トップスのサイズが小さいのか、彼が大きすぎるのか、胸の部分に描かれている英字は横へと伸びてしまっている。 「今、大丈夫?」 「ぜんぜん大丈夫! すごく暇!」  彼はそう言うと扉を開き、彼女を出迎える。  リビングにあった筋トレ用器具を端へと寄せて、自身は、床のクッションの上へと座ると、理美へソファーを進める。 「あ、そんな長居するつもりはないんだ。うちの母から、これを、渡すようにって言われたの」 「理美さんのママから?」  理美は、両手に抱えていた、二つ分紙袋を彼へと渡す。  その中には、日用品やレトルト食品といったものが、多量に詰め込まれていた。 「一人暮らしで大変だろうから渡してきてって」  母親との何げない会話の中で、渉太が、隣に越してきたことを話した理美。  そのことを、彼女は、理美よりもずっと先に、知っていた様子だ。 『どうせ、理美は、覚えてないかなと思って、話してなかったのよね。あ、でも、また仲良くしてるなら、ちょうどよかった!』  そういう彼女は、渉太のために、すぐさま、これだけの物を用意したわけである。 「ありがとう、すごく助かる。俺もちゃんと挨拶いけてなかったから、今度、お礼を言いに行かなきゃ。あ、そうだっ! 理美さんのことも含めて、ご挨拶に……!」 「いや、気が早すぎるよ!?」  モジモジと身を揺らし始めてしまった男に、理美は慌ててそう告げる。 「ややこしくしたくないから。付き合ってること、お母さんに私も言ってないし」 「……それって、ナイショってこと?」 「そうだよ」 「そっかぁ……」  理美の返答を聞き、男は、その大きすぎる肩を落とすようにする。  小さいころの彼といえば、内緒といえば、なんでも喜んでくれたというのに、今では、嬉しくは思えない様子だ。 「あ、そうだ、理美さん、今度お休みの日、ある?」  渉太は、ふと何かを思い出したように、前のめりでそう尋ねる。 「良かったらその、二人で遊びに行きたいなって思って。理美さんが忙しいのは、わかってるんだけど」  そう、遠慮がちに誘われてしまえば、理美も弱い。『遊んでる場合じゃない』という、早百合の言葉を思い出しながらも、「うん……いいよ」と、つい頷いてしまう。 「やった! そしたら、俺、いろいろ考えててね」  そういって、渉太は、ソファーの彼女の隣へと座り込む。  ずむんっと、彼の体重から、椅子が深く沈み込むのがわかった。  そして、ふと上を見上げて、理美は、その頭がはるか上にあることに改めて気づかされる。 「……すごく、大きくなったね」 「うん、俺、十八だから」 「いや、年齢のこととか関係なくだよ。身長とか、その、体とかいろいろ」  自身の隣に並ぶと、彼の腕は、自身の太もも、いや、それ以上はあるように思えた。  肩幅だって、片腕をピンっと伸ばしたところで、向こう側に触れることすら出来ないんじゃないだろうか。 「身長は、牛乳たくさん飲んだし、体は、鍛えてる!」  男は、はにかむようにそう告げる。  その言葉に、思い出される記憶。  確かに、幼い頃の彼も、懸命に、カルシウムを取り、鉄棒の練習に励んでいた。  それだけで、ここまで成長するとは、思っても見なかったが。 「でも、ほら、こうしたら、理美さんより小さいよ、どう?」  渉太は、そういうと、ソファーから下りては、理美の膝元へと蹲る。 「まぁ、それはそうだけど」  彼の天然なのか、無邪気といっていいのか分からない行動に、苦笑いする理美。  ふと、後ろから見た彼の髪が、ふわりと揺れた気がした。  懐かしい。匂いがする。海外製のシャンプーの甘い香りだ。  今、目の前の光景と、思い出とが交差するようで。思わず、理美はその頭へと手を伸ばした。 「理美さん?」  髪質というのは案外変わらないものなのだろうか。指先を動かせば、ふわふわとした感触。  けれど、少し位置を下ろせば、刈り上げた部分は、ジョリジョリと、何か動物でも触っているような質感だ。  ふわふわとジョリジョリ。いつしか、その違いに夢中になっていたのだろう。 「くすぐったい、よ」  渉太は、少しだけ後ろを向き、照れたように微笑む。  けれど、言葉の割にやめて欲しいという思いはないようで、  彼は、理美の腕をとり、自身の首へと巻き付けるようにした。 「理美さん、昔もこうやって、よく後ろから、抱きしめてくれたよね」 「そう、だね」  理美と同じように、彼もまた、過去のことを思い出したのだろう。それに、彼女は小さく頷いた。  そしてふと、腕を回した彼の体を上から見る。 「なんだか、改めて、すごい体だね」 「へ、うん、」  理美はそう告げ、彼の頭をそうしたように、男の肩や、腕を両手で摩った。あの時と全然違う感触だ。硬くて、奥にしっかりとした芯を感じる。  筋肉のある男性に、苦手意識すら覚えていた理美であるが、こうしていると、自身とあまりに違うそれに、感動すら覚えそうだ。 「理美さ、ん……」  ふと、下から聞こえた熱っぽい声。  耳まで真っ赤にさせた渉太が、恐る恐るこちらを振り返った。 「あ、ごめん、嫌だったよね」 「っ、理美お姉さんだったら、たくさん触ってもだいじょう、ぶ」  渉太は、たどたどしくそう告げ、そして、ぐるりと姿勢を変えては、理美と向かい合うようにする。 「理美、お姉さん、キス、してくれる?」  前のめりになって、甘えるようにそういう男。  わざとではないだろうが、太い両腕が、理美の体を挟むようにしているため、逃れられないと感じる。 「うん……」  理美は頷き、男の唇へとそれをくっつける。ちゅっと、小さく音が鳴った。  それに、渉太はへらりと微笑み、理美の膝の上に乗り上げるようにする。体重をかけないようにしているのだろうが、ちょっと重い。それに、視界は、彼の体でいっぱいになってしまった。 「理美お姉さん、もっと……ぉ……」  低く、けれど甘ったるい声でそういう渉太。  その唇に、また吸い付く。すると、男は、「あーっ」と大きく口を開いて見せた。どうやら、深いキスを望んでいるらしい。この前は、あれだけで、ヘロヘロになってたくせに……と思うと、からかってやりたい思いとなった。  彼の下唇を嚙むように動かす。 「んっ、ん、理美お、お姉さん、いじわる、してる……」  ようやく、それに気づいた男は、ぎゅっと閉じていた瞼を開き、青みが勝った瞳で、理美を見つめる。 「いじわるって?」 「だって、この前のキス、してくれない」 「あれは、大人のキスだからね、たまにするのがちょうどいいんだよ」  渉太の拗ねたような態度に、クスクスと笑い、理美はそういう。 「っ、そんなのずるいっ、俺、大人だし、それに、あんなの一回したら、毎日だって、俺、したくなるよ……」  強請るようにそう告げる渉太は、まるで子どものようだ。  非常に、からかいがいがある。 「理美お姉さんにされる意地悪なら、昔から、俺も好きだけど」 「え、私、いじわるなんて、したことあった?」  ふいに言われた渉太の台詞に、理美は、首を傾げた。  すると、男は視線を横へとずらす。 「あるよ、俺のこと、子ども扱いっていうか」 「……だって、本当に子どもだったでしょ」  そうだ。彼は子どもだった。無垢で愛らしくて、儚げで。 「今は……違うよ」  それも、そうなのだろう。そんなこと再会した時から、わかっている。  けれど、彼からそう言われて、バクバクと音を立てるこの心臓はいったい、何に驚いているのか。 「渉太くん、」  理美は、そんな男の首へと腕をかけた。引き寄せれば、安定感のある体が、自ら顔を近づけてくる。  再び触れ合う唇。  今度は、恐る恐る開いたその口内へと、舌を入れ込む。この前は、ただ翻弄されているだけだった彼の舌が、懸命に動こうとするのが、ぎこちない。それから逃れるようにして、理美も舌を動かした。 「ん、理美さ、、」  以前よりも長くそうして、ようやく口を離せば、まるで、筋トレをし終わった時と同じくらいのエネルギーの消費を感じ、汗をかく渉太。  そして、自身の中でぐんぐんと大きくなっている熱に気づく。 「理美、お姉さん、俺、もうっ、」  渉太は叫ぶように、そう言うと、ガバっと自身のトップスを、首から抜き去るようにして、脱ぐ。 「え、ちょ!」  突然、目の前に現れた分厚い筋肉の壁。それが、まるで理美をソファーへとプレスするように近づいてくる。 「理美、おねえさん、」 「だ、だから早いってば!」  うっとりとした表情で、そう名前を呼び、体を近づけてくる渉太。  理美は、体当たりをするようにして、彼の胸元を押し返すのだった。   つづく
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