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  ◆ ◆ ◆  丸く、内側へと縮められていく背中。  ふわふわとした金髪の髪も、今では下へと、へたっているようであり、小さな体が、普段の数倍、小さくなっている。  その様を見ると、不謹慎だとは思うのだが、あまりに可愛らしくて、思わず笑ってしまいそうな気持ちになる。 「渉太くん、どうしたの?」 「っ、かけっこで、負けたんだ……」  そう告げてから、鼻を啜るような音が聞こえた。  運動も、勉強もいつだって頑張っている少年だ。体育の時間で行われた徒競走にて獲得した、二位という数字では、気に入らなかったらしい。 「ぼく、理美おねえさんに、一等賞だったって言いたかったのに……」  あまりにも、いじらしい考えだ。  それに堪え切れなくなり、その頭を優しく撫でる。 「……渉太くんのこと、一等じゃなくても、私は大好きだよ」  『大好き』とは、すぐにでも、少年の機嫌が直る魔法の言葉だ。  それであるのに、今回に限って、それは彼に効果がなかったようだ。  彼は顔を上げることはせず、ますます、小さな泣き声を漏らしてしまう。 「よっし、渉太くんの笑顔が見たいから、くすぐっちゃおう」 「えっ、待って、理美おねえさんっ、ずるいっ、くすぐったいよっ」  強引に、彼を抱きかかえるようにして、指先で、腹やわきの下を撫でるようにする。  すると、彼は小さな体を懸命に動かしては、そのくすぐったさから逃れるようにする。  次第に、彼の大きな瞳は潤み、頬は熱を帯びるように赤くなり、吐く息ばかりが速くなっていく。 「はい、おしまい。元気出た?」 「っ、理美おねえ、さん」 「どうしたの?」  手を放せば、息を荒くさせ、下を向いてしまっている少年。まさか、ますます拗ねてしまっただろうか。  そう考えるのだが、彼は、股の間にその小さな両手を添えた。 「ど、どうしよ、おしっこ、漏れちゃった」 ◆ ◆ ◆  夏の暑さを感じ始めた、ある日の平日のこと。理美は、とある駅へと訪れていた。  繁華街があり、若者の多いこの街には、十三時という中途半端な時間であっても、人通りが激しい。  大きな絵が描かれている壁の前へと立ち、彼女は前を向いた。  すると、視界に入るのは、スクランブル交差点だ。  その信号が、青になると、人々がまるで蟻の行列のように移動していく。  あまり都会慣れしていない理美にとって、彼らが、誰一人、ぶつからずに、自身の望む方向へと進めていることを、いつも不思議に思う。 「あ、理美さん!」  そんな時、ふいに声をかけられた。自身の後ろのわき道から現れたその姿に、理美は驚く。 「そ、存在感がすごい!」  思わず、叫ぶようにそういってしまうのも仕方ないだろう。  現れたのは、恋人の渉太。その彼の格好といえば、いつも通り、筋肉が目立つ薄着であり、その上、黒いマスクをしているのだ。  確か、彼と再会したその時も、マスクをしていたことを思い出すが、ただでさえ、巨体である彼が、黒いマスクをしていることは、この街の雑多性の中でも浮き立ってしまうように思えた。  そんな彼は、理美へと駆け寄り、申し訳なさそうに眉を寄せる。 「今日は、急に温度高くなったし、暑かったよね、待たせてごめんね」 「ううん、ちょうど、今、来たところ」  渉太の言葉に、理美はお決まりのような台詞を吐く。それは嘘ではなかった。  彼の通う大学では、自由に授業のコマを調節できるらしく、水曜日の平日という今日でも、この時間には、すでに自由だという。  そのため、理美と休みを合わせ、彼らはこの場所に待ち合わせをしていた。  理美は、男を見上げ、そして気になったことをそのまま問う。 「いつも、マスクしてるの? そっちの方が、暑いでしょ」 「うん、でも、あんま顔、見せたくないし」  薄く汗をかいている渉太は、そう言い、改めて、鼻の上まで覆うようにマスクを動かす。  彼の回答は、理美にとって意外だった。 「せっかく、かっこいいのに」 「え、本当に?」  思わず、何の気もなしに告げてしまった言葉。それに、渉太は、目元だけでわかるほどに、表情を明るくさせた。 「俺、理美さんに、かわいいってよく言って貰ってたけど、かっこいいは、はじめてだ」  途端に機嫌がよくなった様子の渉太は、マスクの裏側で、ふにゃりとした笑顔を浮かべる。  しかし、マスクを外そうとはせず「じゃあ、行こうか」と、前を歩きはじめる。  向かう先は、スクランブル交差点だ。理美は覚悟を決めたように一歩を踏み出した。 「理美さんは、俺の後ろを歩いてね」  ふと、男が後ろを振り返り、そういった。信号が青に変わり、理美は言われた通りに、彼の背中後ろへと回る。  すると、不思議だ。人々が彼をよけて通るために、理美の前には空間が出来、スムーズに歩道を渡ることが出来る。  大きな男にもいいところがあるんだ……と、彼女は、そんなことを考えた。 「あ、渉太くんが前に言ってたのってここ?」  しばらく、街中を歩き、たどり着いた場所。  やけに人が一列になっている場所があると思いきや、アメリカンレトロな雰囲気の店が現れた。  それの看板には、これまたレトロなカラフルなハンバーガーが描かれており、理美は、ここが以前、彼が行きたいといっていたハンバーガーショップであることを知る。 「そう、中に挟む具材とか、パンの種類とか選べるって評判でずっと来たかったんだ。でも、いつも並んでる」  渉太はそういうと、長い行列の一番後ろへと立ち、そして、背伸びをしては先頭を覗き込むようにする。理美もそれにならてつま先立ちをするのだが、前の人の頭しか見ることが出来なかった。 「あ、理美さん、並ぶの疲れたら言って」 「それ、言ったら、どうなるの?」  意地の悪い質問かもしれないが、理美はそう彼に問う。  まさか、列の途中であっても、ハンバーガーをあきらめるというのだろうか。 「昔とは逆でね。今度は、俺が、理美さんのこと、抱っこする!」  そう言っては、自身の腕を曲げ、力こぶを自慢するようなポーズをとる男。  もりっと突き出たそのこぶと、そしてその発言に、周りの人々の視線が一気に集まってしまった。 「ちょっ、バカップルだと思われるから、外で、そういうこと言わない方がいいよ」  理美は、なるべく声を潜めてそういう。アラサー女である自分の方が、彼のマスクを奪い取って、自身の顔を隠したいと思った。 「バカップルって、ラブラブってこと?」 「うん? たぶん?」 「そっか。理美さんと、そう、見られちゃうのって、なんだかいいよ……ね」  しかし、渉太といえば、マスクの上から顔を覆うようにした。耳が赤いところを見ると、照れている様子だ。赤くなりたいのはこっちの方だと、理美は思う。  その後、意外にも回転が速かったのか、三十分程度で、店の中へと入れた二人。  木造で出来たテーブルとイスや、店内の内装も、レトロで、統一感のある世界観には、好感が持てた。  彼らは、パンの種類や、それに挟む野菜や肉の種類に悩みながら、結局は、店のおすすめセレクトから選ぶ。  理美の前に、運ばれてきたのは、エビとアボカドとチキンののハンバーガー。渉太の前には、たまごとベーコンとミートのバーガーと、ローストビーフが何十枚も重なったハンバーガー、そしてポテトと、チキンナゲットが、アルミバケツのような容器にたっぷりと入っているものが、置かれる。 「たくさん食べるね」  いただきますと、告げてから、それらを食べ始めた渉太。メニューを頼んでいる時から、その量はさすがに……と思った理美だ。  しかし、彼が掴んだハンバーガーは、その手の大きさなのか、体の大きさからなのか、あきらかにサイズ感が小さく見えてしまう。 「うん、俺こういう、ジャンクフードが結構好きなんだ」  ようやくマスクを顎下へと下ろした渉太は、ニカっと歯を見せて微笑むと、ハンバーガーへとかぶりつく。そして、もう片方の手で、ナゲットを摘まむと、ポイっと口の中へと放り込んだ。気持ちのいいほどの食べっぷりだ。  それを見て、理美はふと、過去のことをもい出す。 「そうだったよね。昔、渉太くんのために、学校帰りに、ナゲット買って行ってあげたな」  理美の高校の最寄り駅にあった、チェーン店のハンバーガーショップ。癖になる味わいのナゲットが、十五個で安くなるシーズンがあり、理美はその度に、渉太へのお土産として買っていったのだ。  夕飯が食べられなくなっては、互いの両親に叱られると、半分つをして。ケチャップでベタベタになった顔もそのままに、嬉しそうに微笑んでいる渉太の顔が思い出される。 「えー、覚えてない! ナゲットは今も大好物だけど……なんだか、理美さんが覚えてて、俺が覚えてないことがあるのは、勿体ないな……」  彼はそういうと、肩を落とす。  勿体ないという台詞がふさわしいかどうかは、理美には分からないが、その気持ちはよくわかる。  過去の記憶とは、全部すっかり覚えていると思っていたのに、大事なことほど忘れていたりするものだ。  落ち込む彼は、どうやら、さきほどより、開けた口が小さかったのか。ハンバーガーにかぶりつけば、唇の端に、ソースがついてしまった。  それに彼は気づいていないらしい。  昔の渉太と、今の彼が重なり、理美は、紙ナプキンを手に取ると、手を伸ばした。 「渉太くん、ついてる」 「わっ、」  そっと唇の端を拭えば、その大きな体を揺らす男。  そこでようやく、理美は自身がしてしまったことに気づいた。 「あ、ごめん、子ども扱いして」 「う、ううんっこういう子ども扱いは、うれ、しい……きっと、みんなから、バカップルだと思われちゃったね……」  渉太はそういうと、身を縮めては、顔を真っ赤にさせる。  そして、照れから逃れるように、はむはむと、パンの端っこを噛んだ。  それに、理美は笑い、ナゲットを一つ手に取る。 「どうせ思われてるなら、あーんとか、しておく?」 「する! されたい!」  それに、からかわないでと、彼は怒るだろうかと考えていたのだが、渉太は、即答すると、理美の方へと身を乗り出してきた。 「はい、どうぞ」 「ん、うわぁ~……」  大きく開いた口の中へと、ナゲットを落とす。なぜか、水族館で生き物に餌をやる飼育員の光景が、脳に浮かんだ。  そんな乱暴な食べさせ方をしてしまったというのに、渉太は、頬を抑え、にへにへとだらしなく微笑んでいる。  その後、食事を終えた二人。自身の住む、マンションへと帰ってきていた。  理美は、玄関扉前で、彼に別れを告げようとするのだが、ふと思い出す。 「あ、そうだ、今、たぶん、お母さんいるけど、挨拶していく?」 「えっでも、ご挨拶はまだ早いって、こ、この前、」 「そういう挨拶じゃなくて。お母さんも、渉太くんに会いたがってたからってだけだよ」 「そっか……うん、行く!」  理美の言葉に、頷いた男。  扉の鍵を開け、そのまま、渉太をリビングへと招いた。 「ただいまぁ」 「あら、理美、早かったね、って、え!?」 「理美さんのお母さん、お久しぶりです」  リビングのソファーでテレビを見ていた、理美の母親。それが、こちらへと振り返り、そしてやたらと存在感のある男の姿に、体を飛び跳ねさせた。  その気持ちはわかると、理美は深く頷く。  マスクを外して、「小山内渉太です」と自己紹介をする彼だが、母は放心した状態だ。 「あ、渉太くん……ず、随分、立派になったのね」  おそらく彼女も、理美と同じく、かわいらしい少年の面影を思っていたのだろう。ようやく出した声は、掠れている。 「挨拶が遅れてすみません。また、隣の部屋に住むことになりました。あと、この前は、日用品などくださって、ありがとうございました」  渉太はそういうと、深々と礼をする。  母は、その姿に感心したように、何度も強く頷いた。 「やっぱり、小山内家は、ご両親の教育が、ちゃんとされてるわ。いつまでも、ぐうたら家にいるうちの娘と違って」  そういって、こちらを横目で見る彼女。ついでというように、棘をさしてくるものだから、理美は苦く笑うことしかできない。 「理美さんには、こっちに越してきてからも、以前のように、よくしていただいています。まだ、ここに住んでくださってて、俺としては嬉しい限りです」  彼の回答に、理美も感心したように、何度も、頷いてしまう。やはり、育ちがよすぎる。 「あ、これから、夜のパートだから、なんのお構いも出来ないんだけど、良かったら、ゆっくりしていってね!」  他愛無い会話をした三人だが、しばらくすると、母親はそういい、仕事のために家を出ていった。 「理美さんのママ、理美さんに似て、ずっと綺麗だね」  リビングの椅子に座った彼は、出ていった母が出した茶を飲みながらそう告げる。 「それ、お母さんが聞いたら、ますますうるさくなるか、本人には、言わないでね」  ここまでお世辞がうまいといろいろと心配だと思い、理美  は苦笑いをする。  そこから、彼は何か気づいたというように肩を揺らした。 「あっ、あのね、理美さん、俺、理美さんのお部屋行きたい!」 「え、いいけど……」  彼の要望は、恋人といえば、当然のことなのかもしれない。親と暮らしているため、恋人を部屋へと招いたことはない、理美だが、そう考え、自室の前へと案内する。  そして、その扉を開けようとした時だ。 「あ、ちょっと待ってて!」  室内のありさまのことを思い出し、慌てて中へと入り込んだ、理美。  ここにはたくさんのお宝、もとい、ショタグッズや、本が飾られているのだ。それを目覚めさせられた張本人に、見られてしまうのはあまりにも気まずい。  慌ててそれらを片付けると、扉の前で待たせていた、渉太を部屋へと通す。 「理美さんの部屋、久しぶりだぁ」 「狭くてごめんね」  キョロキョロとあたりを見渡す、渉太。十年前、彼はここによく、遊びに来ていた。何度か家具の配置も変更したし、あの頃とは内装の趣味も変わっている。懐かしさというものはあまり感じないはずだ。  それでも、渉太は、記憶の中のそれと答え合わせをするように、隅々に視線をやっていく。その横顔を見て、お宝を仕舞ってよかったと、理美は心底そう思うのだった。 「あ、ソファーないから、ここ座って」 「えっ、でも、理美さんのベッド! っ、お、おじゃまします……」  ポスンっとベッドに腰かけた理美が、ポンポンっと隣を叩けば、渉太はその巨体を四角くさせ、控え目に座り込んだ。  それでも、ずしっと体重から、ベッドが軋む音がする。  そのまま、何かモジモジとし始めた彼は、言葉を発さなくなってしまう。  そのため、理美は話題を懸命に探し出した。 「ええと、渉太くんは、学校慣れたかな? バイトとかサークルは始めた?」  自身から、渉太に質問するということは滅多になかったため、ついいろいろと聞きすぎてしまった。  それでも、渉太は一つずつ返していく。 「うん、慣れたよ。バイトは大学の近くの牛丼屋さんで始めたんだ。サークルは、大学で出来た友達に誘われて入ることにしたよ」 「いいなぁ、楽しそうだね」  自身の大学生活のことを思い出し、理美はそういう。  とにかく、思い残しのないように遊びまくった、あの頃はよかったといえば、そうだろうし、もっと勉強しておけば……と考えてしまうのも、大学時代のことである。 「うん、あ、でも理美さんと会える日は、絶対に、俺が予定あけるからね!」  青春を謳歌する渉太を、うらやましそうにしている理美に気づいたのだろう。何を勘違いしたのか、そう力説してくる男。  それに、何かチクリと罪悪感のようなものを感じた。  それは、自分という存在が、彼の青春を邪魔してしまっているのではないか、と感じたからだ。  バイト先や、サークルといえば、きっと男女の出会いも多い。それならば、同年代の子と恋愛を楽しむことが、大学生活でもっとも重要なことなのではないかと思えた。 「渉太くん、本当に、」  それを本人に伝えようと、彼へと向き直った時だ。  ふと、彼の大きすぎる体の脇にある、枕が目に入る。その下から、覗いている本。  一部分しか見えていないが、それは、理美が、とある同人イベントに行った際に購入した、お気に入りのショタコン向け同人漫画である。それも、わりとえっちな。 「あっ、ちょ、!」  理美は悲痛な声を上げて、腕を伸ばす。  その際、相当慌てているせいで、バランスを崩してしまった体。 「うわっ」 「っ、理美さ、んっ……」  ポヨンっと、理美の顔は、渉太の胸元へと収まった。  とんだラッキースケベ展開だ。  常々、転倒したショタを受け止めたりしてみたいと考えていた理美であったが、これでは逆ではないか。いや、そもそも今の彼はショタでもない。 「あ、ごめんね!」  混乱した後に、慌てて身を放した理美だが、顔を真っ赤にさせた渉太は、彼女の腕を優しくとる。その太い指先は、微かに震えていた。 「っ、お、俺ね、ッ、いい、よっ!」 「え、いい、とは?」 「ッ、理美お姉さんに、いっぱい触られて、す、好きにされちゃっても、あの、ね、い、いいよっ!」 「えっ、あ、いや、これは単に事故でっ」  向こうからすれば、急に神妙な顔つきとなった恋人が、抱き着いてきたのだ。  そう勘違いするのも、仕方ないと言える。   それに、冷や汗を流しながら、真実を告げようとする理美だが、男にはすでに何も聞こえていないようで、バサリと上着を脱ぎ去った。 「うわ、すごっ……」  すると、目の前に現れる、むちっとした筋肉を持つ、胸板。思わず、そういってしまうのも仕方ないだろう。 「ど、どうやったらこんなに鍛えられるの?」  筋肉に、大して興味もないと思っていた理美であるが、あの小さく可憐だった少年が、どこをどうしたら、こうなるんだろうと、思わず、手のひらで触れてしまう。 「わ、ん、んと、い、いっぱい、筋トレしてるよ……」 「いやそうなんだろうけど、すごい……」  柔らかいが脂肪とはまた違う、感触。  わき腹や、腹筋も撫でていけば、彼は身じろいだ。 「っ、あ、理美さん、」 「あ、ごめん、くすぐったかった?」 「う、ううん……俺、もうわかってる、から」  彼が頬に赤を乗せて、それでも理美の行動を止めずに、呟くようにそういう。  理美はそれに首を傾げた。 「なにが?」 「こ、これってくすぐったいじゃなくて、きもちいってことだって」 「え、気持いいの?」 「うん、だって、ほら」  渉太はそういうと、恐る恐る、理美から体を放し、その下半身を見せるようにする。  ゆったり目のスラックスを履いていたはずの、その股の間には、確かに膨らみが見られた。 「え、それ、どうなってるの」 「ど、どうって?」 「いや、だから、もしかして、ちんちん?」  理美は思わず、そう聞いてしまう。服の上からここまでわかるほどとなっている、男性のそこを見たことがなかった。  そんな問いに、渉太は何を当たり前のことを聞いているのだろうと、首を傾げるが、肯定することにも恥ずかしさを感じる。 「あ、えと……そ、そうっ、だ、よ」 「え、本当に? 何か入れてるわけじゃなくて?」  理美は再度確認するようにそういうと、男のズボンへと手をかけた。 「わ、理美さん、待ってっ、」  彼が飛び上がったため、そのタイミングで、ズルリと簡単に下へと下がってしまったズボン。ついでに下着までもが、膝下まで落ちてしまう。 「え、で、でかい……」  びょんっと音を立てて飛び出した男性器。  それを目の前に見て、理美は、いつもより乱れた言葉使いで言葉を発してしまう。  そして、数秒後、こらえきれないというように、クスクスと微笑を零した。   「へっ、えっ、な、なんで笑ってるの? 俺のちんちん、変?」 「あ、違うの。その、前に友だちに渉太くんが大きいって話をして、もしかして、ここもかなって。それで本当だなぁって」 「えっ、理美さんのお友達と? そ、そんなの、は、恥ずかしいよ……」 「あ、ちがうよ! いや違くないかもしれないけど!」  恥ずかしがっては、小さくなってしまう渉太。  それはそうだろう。自身の男性器について、恋人が友人と語っていたというのだ。こんなもの、今のご時世訴えられたら負けてしまう。 「そうだよね、恥ずかしいよね、ごめんね」 「……う、ん、いいよ」  理美が、素直にそう謝罪すれば、渉太は頷いた。  そして、恐る恐る頭を差し出してくる。撫でろということなのだろうかと、その頭に手のひらを置けば、彼は甘えるように頭を擦り付けた。  そうしている間にも、理美はついつい、男の下腹部へと目をやってしまう。 「ねぇ、ちんちん、そんな風になって、辛くない?」 「うん、頭撫でて貰ってる間、ちょっと出そうだった……今、キ、キスとか、されたら出ちゃうかも」  あまりに素直すぎるのか、それとも何かを期待しているのか、チラチラと視線だけで、彼女を見る渉太。  それに応えるのも悪くはないかもしれないと考え、理美は男の唇に口付ける。  おずおずと、期待するように、開いた唇の間へ、舌を差し入れた。 「ぁ、っ、んぅ」  キスの合間にも、喘ぐように低くけれど甘い声を漏らす、渉太。理美の舌が、喉奥へと向かう度、ピクピクと肩を揺らす。 「ん、理美お姉さん、いじわる……」  唇が離れれば、デロリと、口の端から唾液を零したままにそういう男。その表情は、トロトロに溶けている。 「ねぇ、本当に出た?」 「ん、うん……」  理美の問いに、渉太は頷くと、自身の下半身を見る。  キスの最中に、それを予期した男は、理美のベッドを汚さないようにと、手のひらでそれを受け止めたようだ。 「本当に、キスだけで出ちゃうんだね」 「う、ん……」  理美が驚きから思わずそう言葉にすれば、渉太は、身を小さくさせて、頷く。 「渉太くんは、気持ちいいこと好き?」 「う、うんっ、だ、だいすきッ……」  理美の問いに、男は素直にそう告げる。  この年齢の男子といえば、それはそうだろう。けれど、あまりに潔く認めるため、思わず笑顔を浮かべてしまう。 「そっか、一人でするときも速いの?」 「っ、う、うんっ、た、たぶん……」 「大きいから敏感なのかな。オカズはなに?」  まるで、幼いころの彼にそうしていたように、理美は問いを重ねる。  すると、「ッ、も、これ以上聞くのだめ!」と叫ぶように告げる男。 「は、恥ずかしいよっ、俺、変になっちゃう、から……」  顔を真っ赤にさせては、渉太は、その表情と、男性器を隠すようにして、膝を抱えてしまう。  純粋な好奇心から来る質問のつもりだったか、その言葉に、ふと、自身の中に、なにかふつふつとした熱が湧き上がっていることに、理美はようやく気付いた。  男の頭を再び、優しく撫でる。 「……いじわるして、ごめんね」 「い、いいよ。理美お姉さんのいじわる、好きだから」  渉太はそういうと顔を上げ、膝を抱えたまま、視線を下へと落とした。 「っ、……俺ね、はじめて、イったのも、理美さんと、だったんだ」 「え、」  その言葉に、理美は驚く。まさか、今この瞬間が、初めての射精というわけではないだろう。そうだとしたら。 「小さい頃、くすぐりっこしてた時に。あの時は、わからなかったけど、大きくなって気づいたんだ」  彼の台詞から、思い出される過去。ピクピクと体を震わせ、赤くなっていた彼を思い出す。きっとあの時、彼は……。  そう思えば、一気に青ざめていく表情。 「そ、それって、い、いろいろマズイよね……」 「なんで? 俺は、嬉しいよ。はじめてが、全部理美お姉さんなんだ」  理美の台詞にしかし、渉太は照れたように微笑んだ。  彼のその表情は、やはり嘘をついているようには見えない。  彼は、この恋愛に、本気なのだろうか?  そうだとすれば、自分は……。 「理美お姉さん、あっ、あのね、思い出したら、また大きくなっちゃった。も、もう一回、しよ?」  強請るようにしてそういっては体を開く渉太。 「え、うわ、きょ、今日はおしまい!」  再び立ち上がったそれをつい見てしまった理美であるが、慌てて、彼の服を押し付けるのだった。   
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