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6
仕事帰りのある日のことだ。
今日は遅番であり、すでに、月が夜空の真上にまで上がっている。
自宅ももう間近というところまできた理美であるが、住んでいるマンションの真下にあるコンビニに寄ることにした。
自宅には、夕飯の残りがあることを期待しているため、食後のデザートになりそうなものを購入することにする。
初めに立ち寄ったアイスコーナーで新作をチェックし、その角を曲がって、デザートの陳列棚の方へと向かう。
そんな時、店内に男を見つけた。
高い背丈に、ずっしりとした体型の男。
そんな男性、この辺りでは、一人に決まっている。
「あれ、渉太くん?」
「理美さん!」
彼女が、恋人である渉太へそう声をかければ、マスク姿の彼は振り返り、パァっと表情を明るくさせた。
「そろそろ、仕事から帰ってくる頃かなと思って、あとで、電話しようと思ってたんだ。偶然会えてうれしい」
そういう男は、背中の大きなリュックサックを揺らす。
「もしかして、バイト帰り?」
確か彼は学校近くの、牛丼屋でアルバイトを始めたと言っていた。こんな時間まで仕事だったのだろうか。
「ううん、文化祭の打ち合わせとか、準備に忙しくて、帰るのが遅くなったんだ」
「へぇ、文化祭かぁ」
理美はそれに、過去のことを思い出す。
自身の通った大学でも文化祭は行われていたが、外部のサークルに所属していた理美にとって、友人から誘われて、ただの客として行くことしかなかった。
彼が所属したサークルは、その文化祭に参加するという。
以前に、彼になんのサークルに入ったのか聞いた時、「スポポーツサークルだよ。スキーとか、マリンスポーツとか、スカイダイビングとかするんだって。でも最近は、飲み会ばっかりしてるみたい」と答えた。
それは、理美にも覚えがある。
大学のサークルなんて、八割方は、飲み会サークルと化しているものだ。
ただ、彼は酒が飲める年齢ではないし、飲み会自体も苦手のようで、ほとんどそれには出席せず、幽霊部員となっているとも言っていた。
それを聞いた理美の、不思議そうな表情に気づいたのだろう。男は、恥ずかしそうに頭を掻く。
「文化祭くらいなら、思い出にもなるし、一回くらいは、参加してみてもいいかなと思ったんだ」
「うん、すごくいいと思う。何かお店を出すの?」
「えと、あ、飲食店? カフェ? の予定かな」
渉太は視線を泳がせながら、歯切れ悪く回答する。
「そうなんだ。楽しそうだね! 開催はいつ?」
「三週目の土日だよ。あ、でも、理美さんは、忙しいんだから、来なくて大丈夫だからね!」
渉太は、あからさまに焦った様子でそういうと、顔を首ごとぐいっと斜め上へと持ち上げた。
普段の彼であれば、文化祭に来て欲しいと自ら誘いそうなものであるのに。あまりにも怪しい逸らし方だ。
「ふーん……」
けれど、そこで強く突っ込みはせず、理美は含みのある頷き方をしてから、彼の冷や汗を眺めたのち、自ら話題を変えた。
「これから、夜ご飯なの?」
「ううん、打ち合わせの最中に、いろいろ食べたから。でも、夜食でも買っておこうなと思って……」
「じゃあ、プリンはどう? 一緒に食べよ」
そんな彼に、理美はデザート棚から取り出したそれを見せる。
一つの包装に、二つ収まっているプリンのケースだ。
理美が好んでいつも買うそれではあるが、普段、片方は、次の日のおやつになるか、母親にこっそり食べられてしまうもの。
けれど、それを彼と半分つするのも悪くないのではないかと考えた。
「うん、一緒に食べる!」
渉太は、理美の提案に、勢いよく頷いた。
その後、何度か、二人で会った際も、その度に文化祭の話題をわざとらしく出す、理美。
「渉太くん、文化祭もうすぐだね」
「う、うん。本当に来なくて大丈夫だよ?」
「うーん、なんでかなぁ? 渉太くん」
「うわっ、理美さんっ、な、なんで、く、くすぐるのっ! ああっ、ひゃあっ」
そんな悪ふざけをしょっちゅうしていたものの、渉太は、なぜ文化祭に来て欲しくないかを言わないし、理美の方も、ただ面白がっているだけで、本当に文化祭に行くつもりなどなかったのだ。
けれど、前日になって、たまたま、シフトの交換を頼まれ、文化祭の当日が休みとなった。
悪いとは思いつつ、バレなければいいだろうという考えで、理美は彼の大学に向かうことにする。
これだけ広い校内だ。相当近づかなければバレないだろうとは思うのだが、念のため、理美は、普段着ないような服装に身を包んできていた。
花柄のワンピースは、いつか、結婚式の二次会に参加するために購入したそれだ。
カジュアルなアウターや、ベルトをあわせれば、普段使いも出来るのに、それ以来、着ていなかったそワンピースに袖を通し、眼鏡をかけて、髪型を変えた、簡易的な変装。
けれど、我ながら完璧だと自画自賛していた。
「どこだろ」
会場にたどり着き、理美はキョロキョロとあたりを見渡す。
彼のサークルが行うのは、飲食店、カフェとだけ言っていたが、これだけ広いと分かりにくい。学内の掲示板と思わしき場所に貼られている、複数のポスターを眺め、理美は首を傾げた。
そこで一つ、気になるものを見つける。
いやまさか、そんなはずないだろうと思いつつも、理美はその模擬店の場所へと向かうのだった。
「え、理美さん!? なんで!?」
入店して、席へと通された直後だ。
理美は、店内でせわしなく動き回る、その存在に気づいた。
そして、向こうもそれは同じだったのだろう。
「渉太くん? え、なんで私だってわかったの?」
ものの数秒でバレてしまった理美は、自身の完璧な変装をもう一度、足の先から見ては、首を傾げる。
「そ、そんなの、わかるよ! でも、今日の服はなんだか、か、かわいい、ね……い、いつも理美さんはかわいいけど、その~……」
「いや、かわいい服なのは、渉太くんの方じゃ」
モジモジと身を揺らしながらそういう男。そう告げれば、彼は、自身の格好のことをようやく思い出したというように、「あっ!」と声を上げた。
「こ、こんな格好、理美さんに見られたくなかったぁっ!」
そういっては、渉太は、大きな両手で顔を覆ってしまう。
その格好を、改めて見てしまった理美は、苦く笑うことしかできない。
「た、確かに、いろんな意味で刺激的だね」
彼の格好といえば、フリフリのエプロンに、ピンクのワンピース。
所謂、メイド喫茶のメイドさんのような服装なのだ。
彼のサークルが開催しているのは、男性メイド喫茶。
その名の通り、周りにもメイド服の男性はいるが、彼らと違って、化粧やカツラなどは、特につけておらず、顔もマスクで覆っている渉太。
それでも、スカートのすぐ下の盛り上がった腿の筋肉や、袖から生えている、太い腕。
そういった彼の圧倒的な筋肉の存在感で、誰よりも、そのカフェで目立っていた。
理美はそれに、こういう服、小さい頃の渉太くんが着ていたら、まるで、砂糖菓子の妖精のようで、さぞかし可愛かっただろうな……と、、妄想に涎を垂らしながら思ってしまう。
そんな風に、現在に目を背けてしまう程度には、今の彼に、その服装は、似合っていない。
けれど、ここで本当のことを言っては可哀想だと、理美は話題を変えようとする。
「たまたま、仕事が休みになって。それで、ちょっとだけ、様子を見に来たんだ」
「会いに来てくれたのはすっごく嬉しいけど……でも、」
男はそこで、深く息を吐く。
目には涙が浮かんでいて、すぐにでも泣き出しそうだ。
彼が、理美をここに呼びたがらなかった理由は、この服装にありそうである。
「ほら、そんなに、恥ずしがる必要ないよ! せっかく来たんだから、ご奉仕してほしいな」
「え……ごほうしっ、えッ!」
理美の何げない言葉に、渉太はビクンっと背を跳ね上げると、膝上のスカートを懸命に下へと伸ばし始めた。
彼女はそれに首を傾げ、テーブルに置かれている紙のメニューをヒラヒラと振った。
「メイドさんって、給仕とかしてくれる人でしょ?」
「あ、うんっ……」
「なに想像したの?」
「違うよ! えと、違くないけど……」
理美のニヤニヤした笑顔に、渉太はカァっと顔を赤くさせる。そしてその恥じらいから逃れるように、「注文どうぞ!」とまるで、叫ぶようにそう発声した。
「じゃあ、オムライスで」
「はい、ふわふわたまごちゃんのはっぴぃオムライス、一つですね」
どうやら、メニューを正式名で繰り返すことが、この店のルールであるらしい。
渉太は、恥じらいながらも、そう告げる。
そして、「少々お待ちをください」と、深く礼をすると、すぐ隣の教室へと掛けていった。
そして数分と立たないうちに、彼はオムライスを片手に戻ってくる。
テーブルに置かれたそれは、綺麗な長方形をしており、どこからどうみても、冷凍のそれを温めただけのようだが、大学の文化祭なんてそんなものだろう。
「ええと、サービスで、ケチャップで文字を書きますが、何がいいですか?」
渉太は、ケッチャップのボトルを片手に、そう尋ねる。これもメイド喫茶ではよくあるサービスだろう。
「じゃあ、渉太くんが好きなものを書いて」
「わ、わかりました!」
渉太はそれに、勢いよく頷くと、ケチャップでオムライスの表面に何やら文字を書き始めた。慣れない手つきのせいで、だいぶガタガタと崩れ、皿にまで、はみ出してしまっているそれだが、読むことは出来る。
『理美さん、だいすき』
「俺の、だいすきなもの……えへへへへ……」
彼はそう言って、ヘラヘラと微笑んでは、その巨体をくねらせるようにする。
好きなものとは、単に、渉太の自由に書いていい、ということが言いたかったのに。
「こ、これじゃあ、本当に、バカップルみたいだよ……」
あまりに圧力のあるオムライスをみて、理美も苦く笑って言うが、念のため、写真撮影をしようとスマートフォンを手に取る。
そこでふと、声が聞こえた。
「マッチョメイドさん! ちょっと、こっち来て!」
どうやら女性のスタッフもいたようだ。
隣の教室から現れた彼女たちは、おそらくキッチン担当なのだろう。普段着に、揃いの水玉のエプロンをつけている。
それに、渉太が呼ばれているのだと気づき、「またね」と理美が手を振ろうとした時だ。
「今、彼女さん来てるから、だめです!」
渉太は強くそう言う。
それを聞くと彼女たちは、「ええーいいなぁ~」などと、隣の教室へと帰っていた。
「先輩たちに、理美さんのこと、か、彼女って言っちゃった……」
渉太はふと我に返ったように、顔を赤くさせるのだが、きっと自分の方が赤いと理美は思う。
なにせ、彼の大きな声と、そして存在感のある体のせいで、周りの人々の視線が一斉に注がれたからだ。『渉太の彼女だって』と、囃し立てるような声まで聞こえる。
その後、理美がオムライスを食べている間にも、渉太は、近くに立ってニコニコとしており、周りの男性メイドたちも、二人を気遣ってか、声をかけてこない。
会計を終え、ようやく店を出た理美。
味わったことのない、疲労感と、そして、緊張感から解放された思いで、息を吐く。オムライスがおいしかったかどうかすら、覚えていなかった。
そのまま、廊下を歩き、目標は達成したし、帰ろうかと考えた時だ。
「理美さん! よかった、間に合った!」
その声に、後ろを振り返れば、メイド服姿の渉太が、スカートを捲し立てながら、走ってくる。
「休憩貰えたんだ! よかったら、学校、案内させて!」
「え、いいの? 貴重なお休み時間なのに」
「うん! 絶対に理美さんと過ごしたい!」
あまりに素直な発言に理美は笑い、そして、彼の服装を見る。
「でも、その格好で?」
「あ、き、着替えるね!」
そういう彼と訪れたのは、文化祭スペースではない場所にある、一つの空き教室だ。
普段は授業として使われるそこも、今日ばかりは、ここは、男性用更衣室の役目を担っているらしい。
「私は、どこかで待ってるよ」
部外者が入室するのも悪いと思い、理美はそういうと、彼へと背中を向けようとする。
しかし、それを渉太は引き留めた。
「だめ! 理美さんは、一緒に入って!」
「え、なんで?」
「だ、だって、理美さん一人にしたら、理美さんのこと、みんな、かわいくて綺麗だなって思って、それで、俺がいない隙に、すごい話しかけたりしちゃうかも」
彼はそう言って眉根を寄せる。
あまりにもいらない心配だとは思うが、理美は「わかった」とだけ頷き、一緒に教室内に入ることにする。
誰もいない教室は静かで、並んでいる机の風景は、自身の大学とはまた違う雰囲気だというのに、何か懐かしく感じる。
「ええと、荷物は……あ、あった」
渉太は、自身の大きなリュックサックを見つけ、そこへと向かっていく。
そして、理美と二人きりの空間となり、安心したのか、マスクを外した。
そんな彼の横顔を見て、理美はふと、さきほど思ったことを、問いかける。
「ねえ、渉太くん。友だちに、私のこと、彼女って言って、よかったの?」
「ん? なんで? みんなに自慢したいよ」
渉太はそういうが、理美には聞こえていた。『結構年上じゃね?』という男子たちの声だ。
そりゃあそうだろう。彼らからすれば、10歳ほど年上の自分は、お姉さん程度では済まない。
「恥ずかしくなったりしないのかな~って」
「そんなわけないよ。だって、理美さん、かわいくて綺麗だし、いつも、いい匂いするし、キスだって上手だし、それに、優しいし、たまに、いじわるなとこも好きだし、そ、それは、絶対絶対、ほかの人に見せちゃダメだけど」
男は、そういって、長々と理美の良さを語っていく。
それに恥じらいを覚えた彼女は、「大好き、すぎるでしょ」と思わず、呟いた。
「うん……そう、だよっ! 俺、理美さんのこと、だいすきだよ!」
渉太は、自信満々にそういい、理美を安心させるためになのか、その両手をそっと握った。
その温かさに、理美は何かが胸の内から溢れてくるのを感じる。
「っ、渉太くんはきっと、私に幻想を抱いてるんだと思う。小さいころの、年上への憧れとか、そういうの」
それは、理美が彼と再会し、そして告白された時に思ったことだ。彼には決して告げるつもりはなかった言葉が、今、思わず口をついて出た。
こんなことをいっても、彼を困らせるだけだと分かっている。
けれど、彼は真剣でまっすぐなブルーの瞳を彼女へと向けていた。
「そんなわけ、絶対にないよ。昔の記憶がなかったとしても、きっと、俺は今の理美さんのこと、大好きだよ」
そんな彼の台詞になぜだろう。
理美は、胸の奥が狭くて熱くて、今にも泣き出しそうに感じてしまう。これは、なんだ。私が、とてもうれしいとそう思っているみたいじゃないか。
「渉太、くん、」
けれど、彼女のそんな心情には気づいていないのか、彼もまた、ふと思い出したように、理美の顔を覗き込む。
「あ、でも、その、理美さんこそ、俺に幻滅しなかった?」
「幻滅? なんで?」
「だって、こんな可愛い服着ているとこ……理美さんに見られるの、恥ずかしいよ」
渉太はそういうと、自身の服装をしげしげと見下ろした。
胸とウエストの生地がパツパツで、今にも弾けそうであることが、よくわかる。
「ま、まぁ、確かに似合ってはないけど、うん、かわいいよ。こんなこと思うの私くらいかもだけど」
「ッ、」
渉太は、理美の言葉に息を飲む。
そして、赤らめた頬を隠すように俯いた。
「おかしいな。サークルの女子にそう言われた時も、小さい時も、こんな気持ちにならなかったのに……」
「渉太くん?」
「っ、理美お姉さん、キスして、」
渉太はそういうと、強請るように中腰になる。
それに負けた理美は、彼の頬に触れて、唇を合わせた。
「ん、んぅ……理美さんっ、」
静かな教室では、渉太の声と、そして、唇同士が合わさる音だけが響き渡る。
そんな時だ。
「うわっ、」
後ろの机に寄り掛かるようにして、男はバランスを崩してしまう。
「び、びっくりしたぁ」
渉太は、床に尻を落ち着け、目をパチクリとさせる。ハァハァと息を荒くさせている彼は、どうやら、キスで腰が砕けてしまった様子だ。
そんな彼に「大丈夫?」と声をかけたところで、理美は気づく。
「あ、パンツは男ものなんだね」
「え、だってっ」
体勢を崩したせいで、スカートがめくれて、見えたのは、男ものの下着。
チェック柄のトランクスタイプのそれは、フリフリスカートとは、また似合っていない逸品だ。
それを見られたと気づいた渉太は、慌てて、裾を整える。
「あたりまえだよっ、女の子みたいなのなんて、履きたくないし、持ってないよっ」
「ふーん、じゃあ、私の、貸してあげようか?」
渉太が、言い訳のように告げる台詞に対して、理美はからかうようにそう告げては、自身のワンピースの裾を、軽く持ち上げるようにする。
「へっ貸すって……えええ! 理美さんの、その、ぱ、パンツ!? だ、だめだよ! そもそも、絶対入らないよっ、それに、だ、だって、そしたら、理美さんは、どうするの?」
顔を真っ赤にさせた彼は、彼女のことをなるべく見ないようにしているようだが、そのスカートの裾へと、チララと視線を向けてしまう。
「そうだなぁ、渉太くんのを履こうかな」
「も、っ、そ、そういう、いじわるなこといったら、だめぇ……」
さすがの渉太も、彼女の発言が冗談だとは気づいているのだろう。
それでも想像したのか、床に座り込んだままの姿勢で、顔を覆ってしまう。
そんな彼をみて、這い上がってくる、ムズムズとした熱い何か。
「渉太くん、こっち向いて」
「ん、」
手のひらを恐る恐るどけた男の唇に、再び唇を合わせる。
「理美おね、さぁ、ん」
「メイドの渉太くんは、どんなご奉仕してくれる?」
「え、えと、そういうの……わかんないよ」
「さっき、想像してたでしょ?」
そういえば、もう逃れられないと感じたのか、顔を真っ赤にさせた彼は、ボソボソと低い声で頷く。
「わ、わかったよ。えと、理美さん、こっち、きて?」
その言葉に、屈み込む理美。
そんな彼女の体を引き寄せ、男は、まるで自身の上に乗せるようにして抱きしめる。頬にぶつかるのは、胸筋の分厚さと、首元を包み込むような腕の圧迫感。
けれど力を加減してくれているのか、不思議と苦しくはない。
「えと、メイドさんからのハグ、です」
「……他の人にもしてあげた?」
理美は腕の中で身じろぎ、男を上目遣いに見上げる。
「そっ、そんなわけないよ! 恋人の理美さんにだけ、サービス、です」
「ええーこんなんじゃあ、足りないなぁ」
「えっじゃあどうすれば?」
意地悪くそう言ってしまえば、渉太は焦ったように首を傾げる。
理美としても、メイドの奉仕とはいったい何なのかを、すぐには思いつか……いや思いついてしまったのだ。
なにせ、理美はショタ好きだ。
メイド服を着たショタの漫画や、イラスト集などは、二十や三十は持っている。
「えと、おっぱい揉ませてくれるとか?」
そのため、思わず、そう告げてしまう。
そんなこと、当然断られるだろうと思ったのだが。
「う、うん、いいよ」
渉太はそう頷き、赤面したまま強く目を瞑ると、自身の胸を張るようにした。
ショタというのは、大体ツルペタなものだ。けれど彼のそれは、おそらく自分のそれよりも大きい。それに、そっと触れてしまえば、跳ね返るような弾力もある。
そのまま揉むように手を動かせば、豊満なそれが、フリルのあしらわれた襟元から飛び出しそうだ。
「ん、理美さ、ん……俺、変になっちゃう、よ」
そうしていると、次第に荒くなっている男の息遣い。
見れば、ぽやっとした表情で、身をくねらせている。
「もう、なってるんでしょ?」
「んひっ!」
さきほどから腹の辺りにぶつかっている硬いものを刺激するように、体を前に押し付ける。
「だ、だって、理美お姉さんが、え、えっちなこと、する、から」
「渉太くんが勝手に、えっちな気分になってるだけでしょ?」
「えっえ~……」
渉太は、彼女の言葉に泣きそうな顔となる。
けれど、同時に疼く熱を、もう自身ではこらえきれないようだ。
「う、ん、そうだよ、俺が勝手に、えっちな気分になっちゃたんだよ」
渉太は震える手のひらで、彼女を抱きかかえ直し、耳元でそう告げる。
それを聞いて、理美もその熱が自身へと伝染していくのを感じた。
そっと、彼の腹と自身の腹の間に手を差し入れて、ゆっくりと下降させていく。
「っ、あっ、理美さん、ここ、学校、だから」
「いや?」
「っ、い、い、やじゃないよ」
理美の問いに、男はゆっくりと首を振る。
理美は布の上から、彼の硬いものに触れ、そのままその形を確認するように手を動かしては、先端を弄るようにする。
「あっ、んっ、服汚しちゃう、から、ぬ、ぬぎたい」
「脱いだら寒いでしょ?」
「そ、そんなことないよっ、あ、あついよぉ……」
それは本当なのだろう。息を荒くさせ、額から汗を流し、真っ赤になった顔をした渉太は、全身を揺らしてそういう。
「大丈夫。お洋服汚れても、洗濯してあげる。破れないように手洗いするから」
「あ、そ、そんなの、はずかし……」
理美に汚れた服を選択されるところを想像したのだろう。男はそういっては、吐息を荒くさせる。
「理美お姉さっん、もう、でちゃう」
「いいよ」
男の切羽詰まった声を耳元に聞き、頷く理美。
すると、「んっ」と男が低い声を上げ、そして、理美の触れている場所がじっとりと濡れていく。
「理美さん、んぅんんーもう文化祭どころじゃないよ~……」
そういって、床に寝そべってしまう渉太。
頬は赤くなっており、乱れてしまっているメイド服。
そんな彼の姿を見て、理美はようやく、これ、訴えられたら捕まるなと、危機を感じる。
「えと、渉太くん、ごめんね」
「ん……いいよ。でも、休憩時間終わっちゃうや……」
男は、教室に備え付けられている時計に目をやり、肩を落とす。
このままでは、文化祭を見て回ることすらできないだろう。
「お仕事戻るにしても、服も汚れちゃったし、新しいのを誰かに貰ってこようか?」
「ううん、もう今日は、メイドさんはやめるよ。あと、どうせなら、休憩時間終わるまで、ちょっとでも一緒にいたい。それに、もっとご奉仕も、したい、な」
そういう彼は、とろりと瞳を溶かし、続ぎを強請るようにして、理美を抱きしめる。
その腹に再び硬いものがぶつかっていることに気付いた。
さ、さすがに、もう一回はだめだよ!
いつもなら、そう叫んでいた口。けれど今は、
「家に、帰ってからね」
そう告げて、彼の唇へとキスを送った。
渉太は、そんな彼女の態度を想像もしていなかったのだろう。ドロリと表情を溶かし、『理美さん、だいすき~』と床に大の字で転がってしまうのだった。
つづく
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