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第15話 不器用な武士道
友奈が霊体となった今。皮肉なほど、好きに移動できることになった赤い侍達は、大きな公園に集まると、話し合っていた。
「確かに先頭を走っていたのは、皇国武士であったのだ」
「じゃあ狐のお侍さんを探そうかねえ」
「されど、あやつは何やら追われておったぞ。 関わらぬが、吉ではないかの?」
そんな会話が行われている。呑気に話している厳三郎を横目で見た土屋は、咳払いをすると、静かに口を開いた。
「もはや友奈まで悪鬼に射抜かれたのですぞ。 他人事とは、言えますまい」
「うーむ......そもそもじゃ。 悪鬼なんぞ、今の今まで見たこともなかったわい」
今までになかった異常事態の連発に、一同は酷く困惑している。怨霊は、腐るほど見てきたが、鬼なんて見たことがなかったのだ。
今後の方針を決めかねている一同だったが、友奈が話しを始めた。
「何も悪いことしてなかったのに、私は鬼に射抜かれた......理由も聞きたいし、狐のお侍さんを探そうよ」
「そうですぞ殿。 それにあの皇国武士が味方にいるとなれば、百人力ではござらぬか」
「ええい。 わかったわい! されど、身の危険を感じたら、お主は友奈を連れて逃げよ。 良いな? わしを殿と呼ぶのなら、たまには言う事を聞けい」
老将は、若い土屋と友奈を大切に思っている。万が一にでも二人が、危険に晒されるのなら、この老いぼれが身を挺して守ってやると、心の中で誓っていた。
やがて、公園を出発した一同は、狐の侍と仲間達が走り去っていった方角へ向けて、歩みを進めた。その旅路は、穏やかなものだった。
「それにしても、怨霊共さえいなければ、のどかなもんじゃな。 昼寝でもしたくなってきたわい」
「この辺りで一休み致しますか殿? 無理はお体に触りますぞ」
「なーにを抜かしておる。 もうとっくに霊体じゃ」
「されど、疲れは来ますぞ」
土屋の小言を鼻で笑った厳三郎だが、霊馬からヨロヨロと降りると、道端にあるガードレールに腰掛けた。現代社会の景色を進む、侍の集団はなんとも不思議な光景だ。
強がっていた厳三郎だったが、怨霊の軍隊との戦闘で消耗していた。やがて道路に横たわると、今にも眠ってしまいそうだ。
「これはこれは。 お疲れですな殿」
「良い日和だから眠くなっているだけじゃ」
土屋は、老将が休める場所はないかと、周囲を見渡している。やがて見つけた家具を販売している店へ入ると、厳三郎をベットに横たわらせた。
しばしの休息を取るために、土屋も兜を脱いで、ソファに腰掛けると友奈が隣に座った。
「怪我はないか? 友奈殿」
「大丈夫だよ。 友奈殿なんて呼び方いい加減止めてよ」
「恩人に対して、気安くはできぬな」
「私が射抜かれた時は、友奈って呼んでくれたじゃん」
友奈の追求に動揺する土屋は、頭をかきながら、長い髪の毛を縛り直している。
「ねえ土屋は、彼女とかいたの?」
「恋仲というやつか? そんなものは、拙者には必要ない......女子おなごにうつつを抜かせば、刀が鈍ってしまう」
「そ、そっか......そうだよね。 侍は戦うのが仕事だもんね......」
強がってはみたものの、明らかに落ち込む友奈を見た土屋は、さらに慌てた様子で周囲をキョロキョロと見始めた。
普段は、生真面目で強面の土屋様が、女子一人を相手に苦戦していると、楽しげに笑っている配下の侍の視線を気にした様子でソファから立ち上がったり、座ったりを繰り返した。
「さ、されど、いくら侍と言えど、子孫を残さねば家がと、途絶えてしまう」
「もううちら霊体じゃん......なーに? 子孫って。 ねえ土屋は子孫をどうやって残すか知っているの?」
「そ、それはだな......」
もう勘弁してくれ。顔で配下達に訴えているが、非常に珍しい土屋の慌てぶりを、堪能している配下の者達は傍観ぼうかんを続けた。
戦場でも息を切らさない土屋が、荒い呼吸をしながら友奈の顔をじっと見た。
「よ、良いか......せ、拙者をたぶらかすでない。 いくら恩人と言えど、悪ふざけがすぎる......」
「悪ふざけ?」
友奈の表情は、一気に曇った。周囲では配下の者達が、顔を見合わせてため息をついている。それは言ってはなりませぬぞ土屋様と、視線を送っている。
悲しそうな表情を浮かべて、眠っている厳三郎の隣へ添い寝した友奈は、酷く傷ついたようだ。
「し、しまった......つ、つい失言が」
「土屋様、何を申されるか......友奈殿は、あなたに想いを寄せておるのですぞ?」
「わ、わかっておるわ! き、貴様らに言われずともわかっておる」
「では、もっと接し方というものがありましょう? 日頃から、我ら配下の者共に言っておるではありませぬか? 戦場いくさばでは、一つの行動が命取りになると」
「ぐっ......き、貴様あ......」
これ見よがしに、日頃の小言を言い返す配下の者達は、今にも大爆笑してしまいそうだ。互いの肩に、手を置いて笑いを堪える者がそこら中にいる。
侍という律儀で、真面目な生き方を叩き込まれてきた彼らは、乙女心というものを学ぶ訓練を受けなかったようだ。
あまりの恥ずかしさに耐えきれなかった土屋は、店の外に出て、刀を振り始めた。店内は、爆笑の渦に包まれた。
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