天冥聖戦 シーズン1序章   消えた神族と悲劇の少年

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シーズン1最終話 犠牲の果てに次なる世界へ  朝日が昇り始める霊界で、果てもない戦いを繰り広げている。確証もない希望にすがりつく者達は、一途なまでに信じて疑わない。  この場を逃げれば、今は生き延びることもできるだろう。だが、終わりなき追撃は、死ぬまで続く。ならば、最後に信じがたい希望にすがってみる。  例え、いくら犠牲を払おうとも。 「笹子! 後ろに下がれ!」 「もういいよ......新納がいない世界なんて私には......」  激しい乱戦の中、白い煙となって消えていく新納を見下ろす笹子は、虎白からの忠告も聞かない。  仲間のとんがり帽子達が、死に物狂いで亡き新納が愛した笹子を守っているが、迫る鬼兵と古代ギリシャ兵を前に、その数を減らし続けている。虎白は、眼の前の鬼兵を斬り捨てると、笹子の胸ぐらを掴んだ。 「後を追いかけるのか!? それで新納は、喜ぶと思うのか! 一緒に死んでほしくて、お前の盾になったわけじゃねえぞ! 何があっても生き延びろってことだぞ!」  そう言って小さな体を、力強く押した虎白は、とんがり帽子に連れられて後方へと下がっていく笹子を見届けた。隣で、最愛の妹の悲しみを感じて、涙を堪えている姉の竹子が刀を振るっている。  気がつけば、味方の数はかなり減っている。虎白は、覚悟を決め始めていた。自分の決断で、多くの味方を失ったことへの、けじめをつけなくてはと。 「せめて敵の指揮官の首でも取らねえと、仲間に申し訳が立たねえな......」 「そんなことしたら討ち死にしちゃうよ!」 「ああ。 だが敵の指揮官が死ねば、敵も浮足立つだろうよ。 後は、希望の光が舞い降りれば、仲間は生き残れる」  笹子にあれだけ死ぬなと言っておきながら、自分は敵の指揮官と刺し違えようとしている。その姿に竹子は、無性に腹が立っていた。  そんなことで、新納達が許すとでも思うの。自分だけこの死地から逃げ出しているだけじゃない。責任を感じているのなら、ことの顛末てんまつを見届けるのが、義務。 「そんな勝手な言い分は、許さないよ」 「ああ?」 「自分だけ死ねばいいと思っているの? 愛しているって言ってくれたよね? 簡単に私も置いて死ぬの?」  虎白は、竹子からの言葉に返答はしなかった。誰が死にたいと思っているんだ。お前と生きて、平和な時間を過ごしたかった。だが、この状況は、誰かが刺し違えでもしなければ、どうすることもできないだろう。  心の中で、そう言い返した虎白は、敵の指揮官がどの辺りにいるのか、目を凝らし始めた。  残念ながら、味方が逃げ延びるためには、もはやこれしかない。その時だ。 「はあー!」 「女神に続けー!」  空が金色の閃光を放ち、霊界へ落ちてきた。眩い光の中から姿を見せたのは、金色の鎧兜をまとった、絶世の美女だ。彼女もまた、古代ギリシャ兵のような鎧兜に、青い鶏冠とさかをなびかせている。  長槍を右手に持ち、左手には金色の縁に中心が青く、フクロウが描かれた盾を持っている。 「待たせてすまなかった鞍馬!」 「お、お前......うっ!? あ、頭が......うわあ!」  虎白は、突如頭を抑えて、悶え苦しみ始めた。それを見た天から舞い降りし、美女は着物を掴むと、配下の者達に手渡して運び始めた。  その先には、純白の馬に鳥の羽をまとった、ペガサスが馬車を引いている。竹子は、虎白の後を追いかけようと馬車へ向かうが、天から舞い降りた美女が盾を向けて、それを拒んだ。 「すまないが、用があるのは鞍馬だけだ。 人間達は、この場に残れ」 「そ、そんな......」 「では行くぞ!」 「ま、待てよ......そんなこと言うなら俺は、馬車から降りるぜ......ふざけんな。 こいつら見殺しにするなら、俺だって死んでやるよ......」 「くっ......変わらないな鞍馬。 仕方ないか......人間よ早く乗るんだ!」  その一声を聞いたとんがり帽子達は、流れ込むように馬車へ乗った。やがて、乗り切らなくなると、天空からペガサスが別の馬車を引いてきた。  大方のとんがり帽子達が、乗り込むと赤い侍達を皆が待った。すると、土屋が友奈を連れて、迫ってきた。 「これが鞍馬殿の話していた天王の使いですな」 「ああ、お前らも早く乗れ......」 「では友奈殿、乗られよ」  土屋は丁寧に友奈を乗せた。すると、刀を赤鞘から抜いて、馬車とは逆の方向へ進み始めた。  これに困惑する友奈が呼び止めると、土屋は背を向けたまま立ち止まった。 「行けぬな。 皆が馬車に乗っては、誰がこの鬼共を食い止めるのだ」  その言葉を聞いた虎白は、天から舞い降りた美女と配下の兵士に弓を射たせた。高速で、一直線に飛来する弓を前に、鬼兵は浮足立ち近づくことはできずにいる。  馬車に乗る時間はあるはずだが、土屋の肩に手を置いて微笑みかけるのは、厳三郎だ。 「これで恩返しは終いじゃな。 お主から受けた大恩は、忘れぬぞ。 さあ行けい。 それにそこの麗しき使者は、わしらを歓迎しておらぬのでな」 「女子おなごに好かれぬのは、いつものことですな」  厳三郎はそう言って、馬車から降りようとする友奈を押し込んだ。竹子が、友奈の腕を掴むと、馬車が静かに動き始めた。  鬼兵は、光りの矢を受けても、倒れずに迫ってきている。そこまで必死になって虎白を狙う鬼兵を前に、美女の配下だけでは数が足りなかった。霊界に残って、時間を稼ぐ者が必要だったのだ。 「本当に行かなくて良いのか土屋?」 「愚問ですぞ。 拙者は武士もののふ。 恋など、性に合いませぬ」 「左様か。 しからば、鬼を道連れに冥界へと遠征に行くとするかの」 「御意! さらばだ友奈......せいぜい達者に暮らせ......」  ペガサスの馬車は、天空へと飛び立っていく。友奈は、身を乗り出して霊界を見下ろし、何度も土屋を呼んでいる。一同も霊界を見下ろすが、赤が徐々に消えていき、黒くなっている様子だけが、儚く見えていた。  虎白は、頭を抑え続け、悲鳴を上げている。そして一同は、眩いまでの光の中に消えていくのだった。             シーズン1完
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