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天冥聖戦 シーズン2 犠牲の果ての天上界
第2ー1話 虎白という男の正体
果もなく広がる荒野で次々に倒れていく者達を横目に虎白は不敵な笑みを浮かべて両手に持つ名刀を得意げに回転させている。
自信に満ち溢れる虎白の隣で横一列に並ぶ、八人の人間は世界の終わりの様な生命のやり取りを見ながら自身の武器を手にした。
さすらい人はこの当時を旅先で語り「混沌の始まりの様だ」と口にする。
兵士は倒れ、魔族が笑うがその邪悪なる者もやがて倒れる。
虎白と八人の人間は戦いに身を投じたが、邪悪なる者の王を前に七人が戦場に散った。
号哭を上げる虎白と最後の一人は命からがら生還したのだった。
それが虎白が馬車の中で光を見て思い出した記憶だ。
叫び続けた虎白は直ぐに意識を失って竹子の膝に倒れ込んでいる。
光へと向かう馬車では目を開けている事も困難になり竹子は悲痛の表情で絶望している愛しの妹の優子の手を握った。
土屋と厳三郎以下、二十四年もの歳月を共に過ごした赤備え達を霊界に残して馬車に乗っている優奈も愕然とした表情をしている。
やがて一同はめまいと共に意識を失った。
「起きるんだ皆の者。」
意識を失っている竹子の耳に入ってくるのは女の声に聞こえる。
しかし聞き慣れない声に不審な表情を浮かべて目を開くと、そこは一体どこなのか。
純白の大理石で作られている建造物の中で目を覚ました一同はふらふらと立ち上がると周囲を見渡した。
「ここは? まるで異国へ来た様ね・・・」
そう竹子が力のない声で話すと、隣で周囲を見ている優子の姿があった。
どうやら皆無事の様だが、わからないのはこの空間だ。
竹子の生涯で見た事がないほど美しい大理石に掘られているのは人間の見た目に良く似た者達が背中から羽を生やしている姿だ。
弓を手にしているその者らは霊界で見た悍ましき者達と戦っている様子が描かれている。
地面に座り込んでぼんやりした意識を取り戻そうと頭を何度も振っている竹子にまたしても女の声が聞こえた。
「皆大丈夫かな?」
ふと竹子が顔を上げると、眼の前に立っていたのはこれもまた生涯で見た事がないほどに美しい白人の女が落ち着いた眼差しで見下ろしている。
茶色く長い髪の毛を見事に編み込んで、後ろで束ねている絶世の美女は手を差し出すと竹子の手を握って立ち上がらせた。
「こ、ここは?」と変わらず力のない声で話した竹子を見ると、うなずいて笑みを浮かべた。
「ここは天上界だよ。 消えた鞍馬を長年探していたんだ。 君達も無事でよかった。」
ふと竹子が目をやると、大の字になったまま意識を失っている虎白が倒れている。
白人の美女は優しい表情を浮かべたまま「もう大丈夫だよ」と竹子の頬を触る。
周囲を見ると、背中に白い羽を生やした美女達がぞろぞろと入ってくると一列に整列しているではないか。
驚きを隠せない竹子は「あなたは?」と美女の名を聞いた。
「私はジャンヌ・ダルク。 ミカエル兵団の一番隊の天使長だよ。」
確かにその名を口にした。
オルレアンの乙女と呼ばれる伝説的な存在である。
彼女は第一の人生のある日、天からの声を聞いて僅か十六歳にしてフランス軍を率いて戦ったという伝説は有名な話だ。
そんな伝説の乙女が目の前で優しく微笑んでいるではないか。
竹子は不思議そうな表情でうなずくと「これからどうすれば?」と尋ねた。
「鞍馬がどうして霊界にいたのかはともかく。 こうして無事だったのは何よりだ。」
ジャンヌが平然と話すものだから竹子も思わず相づちを打っていたが冷静に考えるとおかしな点が多い事に気がついた。
天使の軍団が霊界に舞い降りて来た理由は大の字になって倒れている虎白のためだとジャンヌは話している。
竹子は長年、会話をしてきたこの男の存在が一体何者なのかと不安な気持ちと高揚する心境の狭間にいた。
恐らくジャンヌは竹子が虎白の正体を知っているつもりで話しているのだろう。
意を決して竹子は虎白の過去について尋ねた。
するとやはりジャンヌは驚いた表情をしてからくすくすと笑っていた。
「じゃあそなたは鞍馬が何者か知らずに長年共に過ごしていたの?」
「えっと、で・・・でも姿を見たのはこの数日と言いますか・・・」
物珍しそうに竹子を見ている伝説の乙女は一呼吸置くと「鞍馬はね」と口を開いた。
すると隣で唸る声が聞こえたかと思えば虎白がもぞもぞと動き始めたではないか。
竹子は白くて小さな顔をジャンヌに近づけて「お早く教えてください」と前もって知っておきたい様子だ。
「鞍馬虎白は狐の国である安良木皇国の第九皇帝だよ。」
「お、おお・・・ここはどこだ? 眩しかったなあ・・・最悪な過去を思い出したぞ・・・」
むくっと起き上がった虎白を見て竹子は思わず一歩下がった。
すると可愛くてたまらない妹の優子が泣きながら虎白にしがみついたではないか。
「ちょ、ゆ、優子」と困惑した様子で妹が無礼な事をしていると引き離そうとしている。
しかし虎白は優子を抱きしめると「大丈夫だからな」と優しい言葉をかけて頭をなでた。
竹子は整理がつかないという表情でぎこちない笑顔を浮かべてジャンヌの美しい腕をそっと引いて顔を近づけた。
「あ、あの・・・わ、私はこれからどうすれば・・・皇帝様なのですか!? えっと、その・・・虎白・・・様はご存知なのですかね?」
大混乱に陥っている竹子を見てくすくすと笑い続けるジャンヌは「平気だよ」と小さくて細い、滑らかな肩をぽんぽんっと叩いた。
すると虎白が竹子に気がついた様子で見ているではないか。
くすぐられたかの様にびくっと激しく背筋を伸ばすと一礼して愛しの妹に手招きしている。
「もう止めなさい」と甘える事は失礼だと促そうと何度も手招きしているが、優子は虎白の胸元に顔を埋めて左右に首を振っては泣いていた。
「おい竹子どうしたんだよ?」
「え? あ、は、はい・・・あのお・・・」
どうしても混乱が収まらない様子に見かねたジャンヌが「鞍馬久しぶり」と口を開いた。
すると虎白は笑みを浮かべて「何十年ぶりだろうなジャンヌ」と爽やかに返した。
やがて優子の肩に手を回して自身にぴったりとくっつけると平然と歩いてきたではないか。
竹子は中腰になって張りのある綺麗な小尻を突き出して後退りしている。
「おいどうしたんだよ竹子。」
「あ、あのお鞍馬様は皇帝でいらっしゃるとか・・・」
「どうやらそうみたいだ。 完全に忘れていた。 必死に探していた狐の軍隊って俺の軍だったのかよ。」
目を合わせられずに下を向いている竹子は今までの接し方を後悔している。
さらに見かねたジャンヌが代弁して「皇帝と知って困惑しているの」と話すと、虎白はぽかんとした表情を浮かべてしばらくすると笑い始めた。
「それで様子がおかしいのか」とうなずきながら優子と顔を見合わせて笑っている。
すると虎白は笑った優子の愛おしすぎる小顔を見て突然涙を溢し始めたではないか。
「やっと笑った・・・」
そんな事を言うものだから一変して優子も泣き始めてしまった。
様子を見ているミカエル兵団の一番隊天使長にして伝説の乙女は霊界で起きた惨劇を思い浮かべていた。
どれだけ壮絶な戦いを経験したのかと考えると「これ以上はまだ話さない方がいいわね」と言葉を発した。
「時間はたくさんある。 今日はこのミカエル兵団本部で一泊するといいよ。 続きは明日また話そう。」
そう言葉をかけると、一同を簡易的な宿営に案内した。
霊界での死闘の傷が癒えない一同は満身創痍のまま、「天上界」へ連れてこられたのだった。
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