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第2ー4話 神々の王
嬴政の都である咸陽で一夜を明かした虎白と竹子は寝床から起き上がると「天王」が治める王都へと出発した。
秦国を抜けて広大な平原を歩く二人旅は虎白の忘れられた過去を解き明かすという目的ではあったが、どこか楽しげでもあった。
思い出す記憶は悲しいものばかりだというのに、隣には封印されていた頃に出会った最愛とも言える竹子が歩いている。
「それにしても天上界は広いな。」
「綺麗な場所ばかりで胸が高鳴るよ。」
そう言いながら着物からふっくらと膨らんでいる胸に手を当てて笑みを浮かべる竹子の足取りは軽快だ。
虎白は無邪気に足を進める竹子を見て「やっぱりどう考えても可愛いな」とぼそっと言葉を溢した。
嬉しそうに「ありがとうね」と黒髪を風になびかせて振り返る愛おしい笑顔を見て虎白はこの先に待ち受ける過去を受け入れようとしている。
やがて平原を抜けて王都へと入ると、そこはギリシア風の町並みが立ち並んでいるミカエル兵団本部が存在する町だ。
元いた場所へ戻ってきた様だが、向かう先は兵団本部ではない。
更に先へ進むと巨大な山の上にそびえ立つ城が二人を見下ろすかの様に雄大に建っている。
巨城へ入るための門へ辿り着くとそこには白と金色の鎧兜を身に着けて、頭には金色の鶏冠が施された兜を被った兵士が凛々しい表情で二人を見ていた。
「鞍馬様ですか?」
「あ、ああ。」
「どうぞ。 既に甲斐様はお着きです。」
天王の兵士に案内されて巨城の中へ入っていくと、そこには甲斐が立っていた。
「来たかあ」と笑みを浮かべる甲斐と共に黄金の扉を先に進んでいく。
何枚にも渡る大きすぎるほどの扉を開いていくとそこには純白の謁見の間が広がっていた。
そこにある玉座は嬴政の黄金とは違う珍しい作りではないか。
青く光り輝く玉座はどの様にして作られているのか、雷でできている。
すると部屋の中だというのに雷鳴が鳴り響いた。
驚き、耳に手を当てる竹子を見てやや赤面する甲斐をよそに雷鳴は玉座に落ちた。
だが次の瞬間には更に驚く光景が広がった。
雷で作られた玉座に座っている体の大きな老人がいるではないか。
だが老人を見た途端に虎白は「天王様」と一礼している。
彼こそが天上界の王にして神々の王である。
「お久しぶりです。 ゼウス様。」
「おお鞍馬ではないか!! 一体どこへ行っていたのだ!?」
天王ゼウスは高い身長を曲げて虎白に顔を近づけている。
まるで息子にでも再会したかの様に嬉しそうに笑っているゼウスから放たれた第一声を聞いた虎白は落胆していた。
「天王もご存知ないのですか」と小さい声で話すとゼウスはきょとんとした表情をしている。
「テッド戦役は災難だったな。 心に傷を負ったそなたは下界に旅だったのであろう?」
「ご存知なのですか!?」
「そなたが言っていたのだぞ。 忘れたのか?」
何を言っているのだという表情で眉間にしわを寄せて長い白髭をわしわしと触る神々の王は記憶がなくなっている虎白に困惑した様子だ。
「元々は」とゼウスが口を開くと、虎白は目を輝かせて話を聞こうとしている。
しかしゼウスは何やら竹子の様子が気になって仕方ないのか雷の様に青い瞳がちらちらと動いている。
「く、鞍馬よ。 その人間はそなたの妻か?」
「はあ? あ、あの天王!?」
「ああすまぬ!! つ、ついな・・・元々はそなたら安良木皇国は下界の守り手ではなかったのか?」
ゼウスの女癖の悪さは有名な話だが本題に慌てて戻ると、かつて赤備えの土屋が言っていた下界の守り手の話を始めた。
いやらしい目つきで竹子の体を舐め回す様に見ながらも神々の王は心配した様子で「てっきりしばらく下界の部下と過ごすのかと」と話を続けた。
ゼウスの話では下界には虎白の部下が大勢いたと話しているが、これは土屋も同じ事を話していた。
テッド戦役で親友を失った虎白は悲痛のあまり、天上界からしばらく離れて下界で休もうとしていたのだと思っていたゼウスは二十四年も帰って来なかった虎白が不可解だと話した。
「まさか俺は自分の意思で下界に・・・いやでもどうして人間の体に入っていたんだ・・・」
「なんだって!? それで鞍馬は二十四年も・・・一体どうしたのだ鞍馬・・・」
頭を抱えて自身の行動の意図が理解できない虎白を哀れんだ表情で見ている神々の王は「とにかく休むのだ」と細い肩をぽんぽんっと叩いた。
子供の様に可愛がっている様子のゼウスは虎白の身を案じているが、そこに嬴政からの推薦状が届いた。
紙を広げて読んでいるゼウスは眉間にしわを寄せて「どうするのだ鞍馬」と語りかけた。
「もし天王が許可してくださるなら国主になります。」
「過去を追わなくてもいいのか? 何か我に協力できる事はないのか?」
天上界に戻ってきて、甲斐、嬴政、ゼウスと頼りになる者達にすがる思いで放浪したが何もわからなかった。
消えた記憶と自身の奇行は当時の虎白のいかなる心境で行われたのか。
誰に聞いても答えはわからなかった。
数日かけて竹子と旅をしてみたが、心のどこかで覚悟を決めつつあった。
「天王様だけが最後の望みでしたが、ご存知ないのなら仕方ありません・・・記憶は消えて一からですが、この竹子とその妹達と共に国を作ってやり直します。」
それを聞いたゼウスは優しく虎白を抱きしめて「何かあれば頼るのだ」と声を発した。
一礼した虎白が竹子と謁見の間を出ようとするとゼウスは二人を呼び止めた。
振り返るといやらしい表情で「それで鞍馬の妻なのか?」と再び竹子について尋ねているではないか。
呆れた表情で笑みを浮かべる虎白は「天王にはあげませんからね」と純白の尻尾をふりふりとさせている。
「そうかあ。 残念だ・・・あ、でも気が変わったのならいつでも我の元へ来い!!」
「ふふ、ご丁寧にありがとうございます。 お気持ちだけありがたく頂きますね。」
「くうっ!! 上品な雰囲気がたまらん!! 鞍馬、何かあれば遠慮はいらんぞ!!」
呑気な表情をして鼻の下を伸ばす天王様だが、頼りになる存在という事だけは明らかだ。
長い年月もの間、神々の王として君臨してはテッド戦役という未曾有の危機でも大天使ミカエルと共に悍ましき者共を撃退したと聞く。
天王ゼウスへの挨拶も済ませた虎白は一度、ミカエル兵団本部へと戻り建国の準備を始めた。
しかし建国と言われても国家運営などした事のない竹子と優子は困惑した様子だった。
「困ったなあ・・・学んだ事ないなあ・・・」
「徐々にやっていけばいいよ。 俺も昔はやっていたらしいが覚えてねえし。」
今から国を作るという一同の元を尋ねてきたある者が兵団本部の入り口に立っているという知らせを甲斐から聞いた虎白は部屋を出て向かった。
本部の純白の廊下を甲斐と歩いていると、不自然なまでに笑っている東国一の美女を不審に思って足を止めた。
「何笑ってんだよ」と問いかけると、甲斐は「そりゃ喜ぶ相手が来てんだから」と早く会わせたくて仕方ないといった表情だ。
首をかしげる虎白が兵団本部の入り口である白くて大きな門にまで行くとそこに立っていたのは驚く外見をしていた。
虎白の様に白くて綺麗な顔立ちに尻尾をふりふりとさせている。
頭の上からは虎白と同じ狐の耳を生やしているではないか。
「や、やっとまた会えましたね・・・虎白様・・・」
尻尾や耳の毛先がオレンジ色に染まっている美男子とも美女にも見える中性的な外見で涙を浮かべながら微笑んでいる狐の神族が立っていたのだ。
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