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第2ー5話 性別不詳の家臣
虎白と対面しているのは驚く事に狐の神族ではないか。
オレンジ色の毛先を風になびかせている彼なのか彼女なのかわからない中性的な外見に細身な体。
やがて虎白が近づいていくと「久しいな」と声を発した。
すると彼か彼女も満面の笑みで虎白に抱きついた。
「莉久(りく)!!」
「虎白様ああああ!!!!」
莉久と呼ばれた狐の神族は声までも中性的で様子を見ている竹子と優子を困惑させた。
力強く抱き合う莉久は竹子と優子の顔を見るやいなや近づいてきた。
近くで見てみれば顔は小さく綺麗な顔立ちに薄くて可愛らしい唇が色気すら出している。
思わず竹子は「お美しいですね」と言葉を発したが、莉久は狐特有の細くて鋭い目を大きく見開いた。
「お、おい僕は男だぞ!!」
「あわわっし、失礼致しました・・・」
腕を組んでは唇を尖らせている莉久を見て何度も謝罪をしている竹子。
そんな様子を見ていた虎白は「莉久は女みたいだものな」と笑っている。
あまりに中性的な外見なため、その昔から虎白の旧友達にも女と思われていた。
だがどれだけ問い詰めても男だと一点張りをする莉久だったが、決してその着物の下を見せる事はなかった。
そんな謎多き莉久が天上界に残っていた事は消えている虎白の記憶をさらに断片的に蘇らせる。
莉久は主である虎白の前に立つと「皇国に戻りたいですな」と話した。
「なあ莉久悪いんだが・・・俺達はどうして天上界にいるんだ? 皇国にはどうやって戻るんだ?」
そう問いかけた主の顔を見た中性的な美青年は言葉を詰まらせていた。
突如姿を消してしまった主が発した言葉はまさに記憶喪失といえる。
皇国にどうやって戻るのか知らないと話す虎白の手を引いて「ではこちらへ」と足早にミカエル兵団本部を出ていった。
竹子達を本部に残して二柱で歩いていったのは巨大な霊園だ。
「ここは?」
「虎白様と嬴政はためらいの丘と呼んでいました。」
その丘に無数に埋葬されているのはテッド戦役やそれ以前に戦死した者達の墓だ。
莉久の案内で進んでいくと、テッド戦役で失った七人の旧友の名前が書かれている墓石を見つけた。
その場に崩れ落ちる様に座り込むと、両手を合わせて静かに黙祷している。
隣りに座った美青年も共に黙祷してしばらくすると立ち上がった。
「では虎白様。 こちらへ。 あの大きな門が我らが故郷です。」
視線の先にあるのは赤い門だ。
そしてそこには狐の石像が両側に立っている。
ためらいの丘に眠る戦死者達がこの門を越えて「到達点」と呼ばれる安息の地へと赴くのだと莉久は話した。
「我ら皇国は魂の番人にして到達点の守り手です。」
「この門は開かねえのか?」
そう尋ねる虎白の顔を見た莉久は一瞬驚いた表情をみせたが、直ぐにうなずいた。
この赤くて巨大な門の先にある故郷へ帰る事はできないと続けたのだ。
理由のわからない虎白は更にオレンジ色の毛先が可愛らしい美青年に尋ねた。
「この門には鍵穴がありますね。 しかしこれは天王ゼウス様が持っています。」
「じゃあ開けてもらおうぜ。」
「なりませんよ。 天王様に話を聞かれては?」
ゼウスが鍵を持っているなら開けてしまえばいいと話すが莉久は眉間にしわを寄せて拒否している。
納得がいかない様子の虎白は天空を見上げて「ちょっとお話があります」と言葉を発した。
すると天空の彼方から雷鳴が鳴り響き、二柱の前に落ちた。
眩い閃光と共に姿を現したのはゼウスだ。
「おお鞍馬よ。 我を呼んだか?」
「天王、故郷へ帰りたくて・・・」
そう話すと天王は白髭をわしわしと触りながら険しい表情をしているではないか。
何がそこまで問題なのかといった表情で首をかしげる虎白の頭をふさふさと撫でながらゼウスは口を開いた。
「そんな事をすれば魂がここに流れ込んで来てしまう」と話したゼウスは門を開く事ができないと述べた。
「生憎だが、到達点には決して関わってはならぬ危険な者もいるのだ。 なんとか我とポセイドン兄上で倒したのだがな・・・この門を開いてしまえば今日までの犠牲が振り出しに戻ってしまうのだ。」
天王が話すのはその昔に起きた内戦の話だという。
そこでは多くのギリシア神族の犠牲を出してまで到達点に送った敵がいる。
眼前にある門を開けばその敵も犠牲者も天上界に戻ってきてしまう。
再び惨劇が蘇るのは避けたいと話す天王ゼウスの悲痛な表情を見た虎白も返す言葉がないといった表情だ。
「確かに・・・俺も親友達に戻ってきてほしいとは思わねえ・・・また会いたいけど・・・」
「優しき鞍馬よ。 我とて同じだ。 また犠牲者に会いたいとも思うぞ・・・だが残った者としてこの天上界を治めねばならないだろう。」
虎白と莉久の故郷である皇国はこの門の先にいる魂の番人だと言うが、一体どの様にして二柱は故郷を抜けてこの場所に来たのか。
莉久に尋ねてみると、天王の顔を見て様子を伺っている。
ゼウスも深刻な表情のまま、虎白の顔を見つめ返していた。
「まるでわからんな。 本来ならお前達はこの門の先にいるはずだ。」
「どうしてだ・・・」
「すまぬな。 だが今日まで我が子の様に育てたと思っている。」
天王の話では幼少期の頃から天上界に迷い込んできたと話している。
それまでの経緯もいかなる方法でこの門を越えたのかもわからないと続けた。
深まる謎に困惑する虎白は「ここが居場所って事か」と小さく話すと天王に一礼した。
「ありがとうございました。」
「そ、そうだあの人間の女は元気かの?」
「ゼウス様?」
虎白が低い声を発すると、慌てて体を雷に変えて天空へ飛び立った。
女癖の悪さは変わらずだが、親身に虎白の今後を話している様子は頼りになる存在とも言えた。
故郷へ帰る方法も消えた記憶を戻す方法もわからない虎白は竹子達を迎えに行く事にした。
「まあどうしよもねえからな。 莉久、俺らは国を作る事にしたぞ。」
「良き話ですね!! お供致します!!」
そう楽しげに話す虎白と莉久はミカエル兵団本部へと戻ると国造りのために出発した。
秦国の嬴政の支援で建国が始まる。
虎白を国主として莉久、竹子、優子が加わっている。
ミカエル兵団六番隊の甲斐も自身の配下を率いて建国の手伝いに駆けつけた。
時より雷鳴が鳴り響いてはゼウスが現れるが、作業を手伝っている素振りをしながら竹子や優子をいやらしい目で見ては虎白に追いかけ回されている。
霊界から同行する事になった優奈も建国の一員として加わってはいるが、やはり浮かない表情で孤立気味であった。
そんな孤独な乙女を気にかける虎白が近づいてくると、近くの木の丸太に腰掛けて竹子が作った握り飯を食べ始めた。
「優奈食うか?」
「あ、どうも。」
霊界に残った家族達が頭から離れない優奈は寝ながらも泣いている事が多かった。
心配する虎白によそよそしい態度を変えずにただ建国の作業を手伝っていた。
それはまるで下界で仕事をしていた時と同じ様な流れ作業の様な人生だ。
今の優奈には心を癒やす時間が必要だが、虎白も自身の謎を追い求めていた。
「いつかきっと乗り越えられるさ。 それまでは俺らと一緒にいろよ。」
「うんまあね・・・私は一体何者だったのかなあ・・・」
そう目に涙を浮かべて空を見上げる優奈の悲痛な表情を哀れんだ目で見ている虎白は追加の握り飯と温かいお茶を手渡して、肩を優しく何度か叩くと去っていった。
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