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第2ー7話 吐き気ほどの罪悪感
城の建築は順調に進んでいる。
秦国の支援という事もあり、膨大な人員と資材が派遣されていた。
天王ゼウスも視察に来ては美人姉妹や東国一の美女にちょっかいを出しては虎白に追いかけ回されているというのも日課の様になってきている。
だが女だけが頭にあるわけでもなくゼウスは超大国の秦国でさえも人員が不足していると判断した縄張りには自身のオリュンポスから人を派遣した。
天王と始皇帝の支援もあり間もなく完成する虎白の居城は雄大で難攻不落ともいえる防御力の高い城になる予定だ。
完成を目前に控えた虎白は支援をしているゼウスと嬴政を招いて宴を始めた。
長机に料理と酒が運ばれて皆でわいわいと完成を祝っている様子は実に微笑ましく永久に続いてほしいと誰もが願う光景だ。
ゼウスが酒を飲み、虎白が酒を注いで「感謝しています」と話す光景もまた素晴らしい。
上機嫌のゼウスはごろごろと低い笑い声を響かせている。
「いやあめでたいな鞍馬よ。」
「ご支援のたまものです。」
「ほれ竹子と優子よ我の隣に座れい!!」
「天王!!」
このやり取りはもはや建築現場の名物となっていた。
追いかける虎白に対して自身の体を雷に変えて高所へ逃げる天王は過酷な労働を行う人々を和ませている。
一喝を聞いて顔を見合わせて笑うゼウスと虎白は互いのグラスを当てて乾杯すると一気に飲み干した。
隣では古くからの親友である嬴政も穏やかな空気を堪能して完成を祝している。
「そうだ虎白。 蛾苦を覚えているか?」
「いや・・・すまない。 天王はご存知で?」
酒を注ぎ直してごくごくと喉を鳴らして飲んでいる天王様は長机にグラスを置くと「無論知っているぞ」と返した。
肉料理を口にくわえて首をかしげる虎白の頭をわさわさと撫でながら「あいつは虫の王だ」と話すものだから喉を詰まらせて咳き込んだ。
蛾苦(がく)と嬴政が呼んだ者は虫の王として天上界に君臨していると話すがゼウスは白髭をわしわしと触りながら料理に手を伸ばすと「管轄外だな」と話す。
「虫の数なんぞ把握しきれないからな。 美しい虫がいるはずもなかろうて。 興味もさほどないがな。」
「た、確かに・・・虫だけで国家を持っているのかその蛾苦ってやつは・・・」
ゼウスと顔を見合わせて激しく嫌悪する虎白を横目に嬴政は強い眼差しで見つめていた。
気がついた虎白は「どうした?」と尋ねると暗い口調で話を始めたのだ。
するとゼウスまでも静かになって虎白の肩をとんとんっと優しく励ますかの様に叩き始めた。
「蛾苦の妻は虫ではなく獣だ。」
「へえ珍しいな。」
「その妻がテッド戦役で捕虜になって冥府に連れて行かれたのだ・・・」
この天上界という世界には虫だけではなく動物達が暮らしているが、彼らは知能を持ち人間の様な姿の種族もいれば動物のままの種族もいると嬴政は話した。
それはつまり虎白の様な狐の姿と人間の姿を合わせた様な外見の動物がいるという事だ。
天上界では彼らを「半獣族」という。
また動物の姿のままの外見を「アニマノイド」と言い、虎白の様な外見を「ヒューマノイド」と言う。
虎白は神族であり、外見を好きな様に変える狐の神族特有の能力を持っていた。
だが半獣族はこの二つの種族で暮らしている。
そして蛾苦という虫の王の妻はヒューマノイドのイタチだと嬴政は続けたが、虎白は「気の毒だな」と他人事の様に話しているが始皇帝の様子は徐々に強張っていく。
「真面目な話をしているんだぞ?」
「でも虫だろ?」
「お前はいい加減にしろっ!!」
にぎやかな宴の席で突如激昂した嬴政の一声で会場は凍りついた。
しかし始皇帝は天王の静止すら振り切って虎白の胸ぐらを掴んでいる。
「どうしたんだよ」と眉間にしわを寄せる虎白に向かって唾でも吐きかけるほどの勢いで続きを話し始めた。
「蛾苦はなあ!! 俺達を助けるために動いたんだ!! その結果妻が冥府軍に誘拐されたんだよ!!」
そう言い終えると、虎白を突き放して長椅子から転げ落ちたではないか。
静まり返る会場で視線が二人に集中する中で立ち上がった虎白は日頃から純白の顔を蒼白させてゼウスの顔を見た。
すると「始皇帝の話す通りだ」と静かに答えた。
長椅子に座り直すと白い髪の毛を引きちぎるかの様に力強く掴んで低い声で唸っている。
「また俺らのせいか・・・なあ嬴政・・・友達やそいつの妻まで失って何を得た?」
悲痛の表情で今にも飲んだ酒を全て吐き出してしまいそうな虎白はうつむいている。
細い背中を優しく撫でている天王ゼウスは嬴政の目を見ては何か話そうとしているではないか。
嬴政が静かにうなずくと「鞍馬よ」と口を開いた。
「冥府の事は覚えていないのだろう? 我の兄上であるハデスが冥府の王を務めている。」
「何が言いたいんですか?」
「実はな・・・彼女はまだ冥府で生きている。 兄上がそう話しているのだ。」
ゼウスは三兄弟だ。
そして長男のハデスは冥府の王である「冥王」だ。
末の弟であるゼウスと次男のポセイドンは天上界で「天王」と「海王」という最高権力を持っている。
三兄弟で長男だけが冥府を治めているというわけだ。
そのハデスが蛾苦という虫の王の妻が生存しているという話を持ち出した。
ゼウスは話すだけ話すと「だが我としては」と自らの意見を話そうとしている。
「かつて兄上は誰よりも責任感があり、優秀だった。 しかし冥府という特殊な場所が兄上を変えてしまった・・・冥府に行くのは危険だ。」
蛾苦という王の妻が生きているのなら天上界に連れ戻したい所だが、テッド戦役から二十四年も経過しているが戻ってきていない。
それはゼウスがハデスを危険視しているからだ。
グラスに酒をどぼどぼと注ぎ込むと豪快に飲み干した天王は更に話を続けた。
「兄上は危険な場所とわかって自ら冥府へ行ったのだが、変わってしまった・・・あの場所は危険だぞ鞍馬・・・行くだなんて言わないでくれ。」
懇願するほどの面持ちで虎白を見ているが、答えは予想こそしていたが望んでいる答えではなかった。
過去に何があったのか覚えていないが、自らの失態で虫の王が孤独に苦しんでいるとなれば酒や食事の味も美味しくは感じないというものだ。
「行くに決まってるだろう」と天王の望む答えとは違う返答をしたが、嬴政は力強くうなずいて立ち上がった。
冥府へ行って救出するという話は前々から嬴政と虫の王との間で行われていた。
そして二十四年ぶりに戻ってきた狐の神族を入れて全員というわけだ。
ゼウスの落胆する表情を見てもなお考えを変えない虎白と嬴政は今にも出発しそうな勢いではないか。
すると「待ってよ」と透き通る綺麗な声が純白でもふもふな耳を通り抜けた。
対面して飲んでいた竹子は全てのやり取りを聞いていたわけだ。
「行くなら私も行くよ。」
「危ねえよ。 俺ら三人で行くよ。」
「ごめんね虎白。 これだけは言う事聞かないよ。」
竹子はおっとりした性格で上品だ。
見た目も麗しく白くて綺麗な肌が眩しいほどだ。
小柄だが出来上がった体型もまた竹子の魅力なのだ。
しかしこの竹子は外見以上に頑固なのだった。
好きでたまらない虎白が冥府へ行くと言うのならば喜んでついていくのだ。
「置いていかれる方が悲しいからね。 嫌と言われてもついていくから。」
そうなると妹の優子は大好きな姉まで失いたくないという思いから同行してしまう。
頭を抱える虎白は「危ねえ」と話すが美人姉妹に聞く様子はなかったのだ。
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