天冥聖戦 シーズン2      犠牲の果ての天上界

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第2ー12話 破天荒な天使長 一方でこつ然と姿を消したと思っているのは竹子達も同じであった。 周囲を警戒しながら歩いていた竹子がふと目をやると前を歩いていた虎白が消えていた。 振り返ると夜叉子達もいないではないか。 目の前で同じ様に困惑した表情で立っているのは甲斐だけだ。 可愛い妹の優子もいないのだ。 「あれ?」 「おいおいどうなってんだい!?」 周囲を何度もきょろきょろと見渡す甲斐は慌てて竹子に近づいた。 どちらが言ったわけでもなく互いの背中をつけ合わせて当たりを警戒している。 こつ然と消えた一同に驚きが隠せない二人はやがて静かに歩み始めた。 迷いの森へ入る少し前に虫の王である蛾苦が羽をばりばりと音な鳴らして入っていったが、森の中でも特徴的な音は聞こえていない。 そして今、一同がこつ然と消えた事でこの森の異常性を知った二人は互いから離れる事なく進んだ。 着物の袖を掴んで歩いている竹子の小さな手をふと見た甲斐はたまらず赤面した。 「甲斐さん離れないでね?」 「あ、ああ・・・その甲斐さんって止めてくれよ。 甲斐でいいよ。」 「わ、わかった。 離れないでね甲斐?」 こんな時だというのに甲斐は赤面しているではないか。 どうやらミカエル兵団の六番隊の天使長殿は竹子に一目惚れしていた様だ。 そうとは知らない竹子はこの異常な森に怯えながら甲斐との体の距離を縮めている。 綺麗に高い鼻を優しく覆ってくる様な甘い香りがたまらないといった表情で鼻の下を伸ばしている甲斐は「お、おう」と情けない声を発した。 抑えきれない興奮を必死に殺している甲斐と虎白と優子の行方が気になって仕方ない竹子は更に迷いの森を進んだ。 しばらく歩いていると誰が過去に倒したのかわからない大きな木が倒れている。 「ちょっと休むかあ。」 「そうだね、お水飲む?」 腰につけていた竹筒に入った水を可愛らしいぷるっとした唇を潤わせて飲むと「どうぞ」と甲斐に手渡した。 もはや仕草の全てが可愛くてたまらない甲斐は自身の抑えきれない気持ちを今にもぶつけてしまいそうだ。 「あ、あのよ」と意を決して口を開いた天使長殿はもどかしい思いの丈をぶつけるために赤面する顔を向けた。 だが、当の竹子は聞いている様子はなく一点を見つめているではないか。 「あ、あれ?」 「甲斐静かに。 何か聞こえない?」 細い指を立てて麗しい唇に当てている竹子は茂みを見つめていた。 思いを伝えたい甲斐は眉間にしわを寄せて茂みを見ると、がさがさとまるで獣でも隠れているかの様な音を立てている。 自身の身長の倍はあるであろう槍を向けた天使長殿は赤面していた顔を色白の普段の表情に戻すと槍先を茂みに近づけた。 息を飲むほどの恐怖感が二人を包む。 すると茂みからぬるっと顔を覗かせたのは赤く目を光らせた魔族ではないか。 「仲間を殺した女だな?」 「何言ってんだこいつ!?」 「いいえ甲斐、これは私の事だと思う。」 霊界で竹子が一刀の元に斬り捨てた魔族の仲間というわけだ。 迷いの森にまで姿を現したこの邪悪なる魔族は到底計り知れないほどの怒りや憎悪を背負っているのが白くて綺麗な腕に立つ鳥肌からもよくわかる。 魔族はどうしても竹子を討ち取りたい執念からこの森まで来たのか。 すると腰に差している刀を抜くと落ち着いた様子で構えた。 同じく甲斐も長槍の刃先を魔族へ向けている。 「お前に用はない天使長めが。」 「あたいは用があるんだお前によー!! 邪魔しやがってこの野郎ー!!」 怒りをあらわにしている甲斐は自慢の長槍を振り抜いた。 しかしここは森の中だ。 周囲には木があり、この長さの槍を振るうにはあまりに狭い。 竹子は理由がわからず激昂している甲斐に困惑しながらも槍が木に当たって隙が生まれる事を想定して、直ぐに刀で魔族を貫ける様に細い足を地面に踏ん張らせた。 「おりゃー!!!! 第六感っ!!!! どけええ!!!!」 次の瞬間には竹子は絶句するほどの光景を目の当たりにした。 怒り狂う甲斐は長槍を振り抜いたのだが、太い木をも貫いて魔族を半分に斬り裂いたのだ。 太くて大きな木も魔族同様に半分になって轟音と共に倒れた。 それも一本や二本なんてものではなく何本も容易くへし折ったのだ。 硝煙が舞う中で咳込みながらも駆け寄ってきた竹子は驚きが隠せないといった表情をしている。 どの様にしてあの巨木をなぎ倒したのか聞くために竹子が口を開いたその時だった。 「好きなんだよ!!」 「ええっ!?」 「あたいは竹子に惚れちまったのさ!! あんたが好きだよ!!」 何を言われているのかわからない竹子は着物の袖で口を隠したまま、硬直している。 それでも勢いが収まらない甲斐は「好きだ」と語彙力のない言葉を何度も繰り返している。 「え、えっとお」と一所懸命に返事を返そうとする竹子も語彙力が乏しい事になっていた。 「だーからー!!」 「わ、わかりました、あ、あのそれって恋仲という意味ですか?」 「そうだよ!! あたいも虎白の事は前々から好きではあったんだけどなー。 あんたの事も好きになっちまったのさ!!」 酷く困惑する竹子は出会った時から好意を抱いていた虎白の事を考えていた。 しかし甲斐も虎白が好きだと話すものだから困惑は増すばかりだ。 すると甲斐はまたしても驚く事を言うものだから竹子は気を失いそうになった。 「兵団にいると恋仲を作れないからあたいは兵団を抜けるんだぜー!! そんで竹子と一緒にいつか虎白の妻になるって決めたー!!!!」 天真爛漫とはまさにこの事だ。 しかし冷静に考えれば兵団の許可なく勝手に冥府にまで来ている時点で甲斐は覚悟を決めていたのだろうと竹子は考えた。 だがそれでも混乱が収まらない竹子は平然と一夫多妻の話を始める甲斐を前に返す言葉が見つからなかった。 しかし天真爛漫な乙女は話を止める事はない。 「あいつは器が大きいから妻を多く娶っても大切にしてくれるさ!!」 「お願いだからちょっと待って・・・一回だけ落ち着いてよ・・・」 両手を前に出して落ち着かせる竹子はなぎ倒された木に座るとふっくらとした胸に手を当てて何度も深呼吸をしている。 天真爛漫な乙女の勢いに完全に飲まれていたが、竹筒に入っている冷水を飲むと少しだけ気分が落ち着いた様子で「そっかあ」と返した。 何度か首をかしげている竹子は「うーん」と唸っている。 早く返事が聞きたい甲斐は隣に座ると口づけするほどの距離にまで顔を接近させるものだから思わず赤面した。 「えっとお・・・まだ甲斐の事を良く知らないから・・・虎白の妻の話はまだ考えたくないかな・・・私は虎白が好きでたまらないの。 だからどうしていいのか・・・」 やはり竹子の中では整理がつかない様子だ。 再び深呼吸をすると「行こっか」と森を出るために足を前へと進めた。 すると竹子の着物の袖が僅かに破れている事に気がついたが「帰ったら直さないと」とだけ話すと歩みを続けたのだった。
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