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第2ー13話 赤面忍者の恋心
はたまたこちらも彷徨っているのは背中にエンフィールド銃を背負う少女と忍者だ。
迷いの森の中を歩き続ける二人は無数に倒れた大木を見つけると不思議そうにしている。
お初は木の断面を見ながら「甲斐様ならあるいは」と凄まじい損傷具合の木々を見てはそうつぶやいた。
ふと木の破片を漁っていると純白の血を流して二つに斬り裂かれている魔族の遺体を発見した。
「きっと甲斐様だ。」
「そっかあ。 じゃあ向こうに行ったのかな?」
彷徨う二人は破片が足跡の様に落ちている方角を見ている。
この異様な森はいくら耳を澄ましても静寂以外のなにも返ってこなかった。
もし近くで甲斐が暴れていたのなら、ましてやここまでの木々が倒れているのなら相当な音が森中に響いてもおかしくないはずだ。
だがまるで違う世界にいるかの様に静まり返っている森は生きていると錯覚してしまうほど、視線すら感じるのだ。
白くて小枝の様に細い腕を擦る優子は木に腰掛けると一休みしていた。
「疲れちゃったねえ。」
「少し休むか。 水は足りている?」
お初も隣に腰掛けるが、足が地面まで届いていないではないか。
あまりに小柄な忍者は可愛らしい外見にそぐわず優子の水が足りているのか心配している様子だ。
細い喉を鳴らしてごくごくと水を飲む優子は一息つくと「この森怖いねえ」と話している。
するとどうした事か忍者は好意を持っている優子の話に答えず一点を見つめているではないか。
「そろそろ行こうか?」
「行こう。 甲斐様がいるかも。」
そして届いていない足を地面につけると優子に手を差し出して立ち上がらせた。
エンフィールド銃に触れない様に腰元を優しく押すと歩き始めた。
背を向けて歩いている優子を確認すると、忍者は瞬きほどの速さで茂みに向かってくないを投げた。
くないとは忍者が携行する小型な刃物であり、投げるために使用される事が多い。
お初は投げた方向を見もせずに優子の後に続いていった。
少女ら二人がいなくなった茂みでがさがさ音を立てながら、喉にくないが刺さった魔族が悶えながら出てきては甲斐に引き裂かれた仲間の隣で絶命した。
やがて歩き続けた少女達は異変を感じて立ち止まった。
「優子待て。」
「何か聞こえるねえ。 姉上かな? 虎白かな?」
森の奥から喧騒が聞こえてきた。
それは今までなかった「音」だ。
仲間の誰かが戦っているのではと考えた二人は一目散に走り始めた。
やがて森の出口へと辿り着くと、喧騒の正体が彼女らの視界に入ってきたのだ。
両手に持つ二本の刀を自在に操っては軽快な動きで戦っているのは莉久ではないか。
「莉久くん!!」
「ああ、小娘共か。 どこへ行っていたんだよ?」
神族の莉久くんは迫る冥府軍と思わしき者達をばさばさと容易く斬り捨てている。
その強さに息を飲む優子がふと隣を見ると忍者も姿を消しているではないか。
周囲を見ると茂みの中から吹き矢を吹いていた。
小さなくのいち忍者が放つ吹き矢は戦慄するほどの猛毒なのだろう。
首元を手で抑えた者は数秒もせずに眠ったかの様に崩れ落ちて動かなくなる。
両手を叩いて「凄いねえ」と関心している優子は茂みに隠れるお初の元へ歩いていくと、共に隠れている。
「優子は危ないからここにいろ。」
「ねえどうしてそんなに優しくしてくれるの? 新納の話を聞いたから?」
吹いていた吹き矢を詰まらせたのかと思うほど激しく咳き込んだお初は真っ赤な顔をしている。
言葉を何度も詰まらせながらやっと話したのは「い、今する話か?」であった。
二人の眼前では莉久くんがひらひらと体を動かしながら敵を斬り捨てている。
すると「おお?」と聞き慣れた声が聞こえて振り返ると、そこには同じく狐の神族の虎白と副官の夜叉子がいるではないか。
「虎白ー!!」
「おお優子。 無事で安心したぞ。 莉久のやつ何暴れてんだ?」
虎白達が先に森を出たはずなのだが、何故か背後から現れたのだ。
我に返ったかの様に隣りにいた夜叉子に向かって「ちょっと待てよ」と発した。
するとこの異常事態に気がついた夜叉子も「おかしいね」と冷静な口調で驚いている。
そして莉久はいつの間に森を出たのか、嬴政はどこへ行ったのかなど様々な疑問が浮上した。
だが莉久が暴れている以上は虎白も放っておくわけにはいかず、腰に差す二本の霊界で拾った刀を抜くと走り始めた。
「おい忍者のお初。 うちの優子を頼むわ。」
「御意。」
最初からそのつもりでしたと言わんばかりに目を泳がせる忍者は話を戻した。
眼前で神族二柱が暴れている中で優子と向き合うお初はまたしても赤面している。
「ぼ、僕は・・・」と言葉を詰まらせていると着物で口元を隠していた優子がくすくすと笑った。
「もしかして私の事好きになってくれたのかな?」
「うわああ!! え、あ、う、うるさい!!」
「ふふふ。 女の子なのにいいのお?」
甲斐に引き続き、お初も女の子が好きというわけだ。
竹子と優子の美人姉妹は男からは言うまでもなく女からも好意を抱かれるほどに柔らかくも上品な雰囲気が魅力的だった。
そんな少女の光景を冷たい目で見ているのが同じく副官の夜叉子だ。
慌ててしがみつく勢いで迫る忍者を横目で見ている悲しき黒髪の美女は「何さ?」と愛想のない返事をした。
「た、頼むから黙っていてくれ!!」
「慌てすぎだよ。 別にいいんじゃない? 天上界なら女同士なんて当たり前だし。」
着物の帯に差している扇子を取り出すとどこか楽しそうにも暴れている神族を見ながらもお初の話を聞いていた。
大混乱のお初はもはや忍者とは言えたものではない様子で赤面している。
変わらずくすくすと笑う優子は「でもねー」と返事をした。
「私は虎白の事も好きなんだー。 新納がね。 姉上と一緒に虎白の奥さんになったらどうだ?って言っていたの。 私はそれをずっと考えているんだあ。」
神族である虎白の妻になるという事を提案した亡き新納は優子の幸せを願っていた。
そんな彼が竹子と同じ夫を持てと話すほど正面で暴れている虎白には異様なカリスマ性というものがあるのだろう。
歴戦の新納が優子を託して、百戦錬磨の赤備え達が優奈を託すほど鞍馬虎白には底知れない魅力があるのだ。
優子の話を聞いたお初はこくこくとうなずくと「じゃあ僕も・・・」と虎白の妻にでもなろうとしている。
すると切なき少女は忍者の口元に手を当てると首を左右に振った。
「そんな理由で虎白の奥さんになろうとしないで。 きっとお初にもわかるよ。 虎白の魅力が。」
そう微笑むと「それまでは仲良くしようね」と忍者に抱きついた。
既にお初は魂が抜けそうになっているではないか。
そんな光景を横目に夜叉子は言葉すら発する事なく荒ぶる神族の戦いに目を向けた。
すると聞き慣れた「おーい!!」という爽やかな声が背後から響いてきた。
「あれー? あたいら森から出た気がしたんだけどなあ。」
「優子!! ああ、よかったあ。 怪我はない? 熱は平気?」
姉妹は再会して安堵の表情を浮かべている。
そして眼前で暴れる神族を見た東国一の美女はその武勇を神々に披露するが如く、長槍を手に戦いに混ざった。
これで仲間は再会したというわけだ。
若干二名を除いて。
一方でその若干二名に数えられるうちの一人である始皇帝は森を抜けようとしている。
「あいつらはどこへ消えたんだ」と唇を尖らせながら平然と恐ろしい森を一人で歩いていく嬴政は単身で森を抜けてみせた。
しかし眼前に広がるのは虎白達が暴れる光景ではなかった。
「やはりいないか。 まさか天上界に帰ったわけではないだろうな・・・」
「やあ嬴政。 少なくとも俺はここだ。」
腰を抜かすほどの驚きで振り返った嬴政の視線の先には木々に体を擬態化させている虫の王がいたのだ。
べりっと音を立てて木から離れた蛾苦は「見てください」と白目が一切ない黒目を前方に向けている。
そして始皇帝が悲しき虫の王と共に見た光景は巨大な収容所だったのだ。
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