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第2ー16話 迷いの森の秘密と戦神の叫び
迷いの森とはいつ誰が作ったのか、何故居場所が変わってしまうのかなど謎のベールに包まれている。
天上界の住人には存在すら知っている者は少ない。
だが冥府という異様な世界に入るには必ずこの巨大な森を通らなくてはならない。
それはつまり冥府軍はこの森を通過して天上界に攻め込んだというわけだ。
魔呂に引きずられて森の中に戻った虎白は低い唸り声を出しながら脱力してされるがままといった状態になっている。
すると歩みを止めた魔呂は不自然なまでに丁寧に寝かせると倒れる巨木に小尻を落ち着かせて大きなため息をついた。
「その程度じゃ死ぬわけないでしょー?」
「あ、ああ。 でも痛えよ・・・何しに来やがったんだお前・・・」
魔呂が視線を向けている虎白の背中はみるみる傷口が治り始めているではないか。
この戦神はそれを知っていて背中を斬ったという事だ。
やがて回復した虎白はその場であぐらをかくと「まあ神族は頭を破壊されないかぎり死なねえからな」と平然としている。
黒くて丸い瞳で微笑む戦神は「久しぶりね」と旧友にでも会ったかの様に話しているのだ。
「二十四年になるかしら。」
「まあ俺にも色々あったんだよ。 あまり聞くな。 それより何がしたい。」
「テッド戦役であなたに会ってから私は惚れているのよー?」
頭をかきながら「お前に惚れられても嬉しくねえ」と無愛想に返した虎白は黒目が可愛らしい少女の隣に座ると、森を見つめている。
魔呂は巨木から地面に届いていない足をぶらぶらと動かしながら嬉しそうに笑っているがこの二人は敵のはずだ。
女にも見えるが、勇敢で思いやりのある虎白を前に女なら惚れてしまうのは当然なのかもしれないが魔呂に出会ったのは惨劇と語られるテッド戦役のまさに戦場だ。
ため息混じりの声で「惚れてるから殺したいって言うんだろ」と目を細めた治癒能力を持つ神族は戦神に言い捨てた。
「そうよー。 強い虎白が死ぬ所が見たいと思っていたのよー。 でもね。」
「でも? 殺すなら殺せたはずだぞ。」
戦神は言葉を詰まらせている。
ため息にも聞こえる息遣いを始めた魔呂は様子がおかしい。
遠くを見ていた虎白も異変に気がついたのか、少女の顔を覗き込む様に見てみると小さくて綺麗な唇が小刻みに震えているではないか。
「ああ?」と変わらず冷たい反応を見せた虎白の純白の顔を舐めるほどの近さにまで接近すると思いもよらぬ言葉を発した。
「私を天上界へ連れて行って・・・」
「はあ!? 何言ってんだお前。」
冥王の直属にして恐ろしき十二使徒として知られる魔呂はかのテッド戦役でも多くの生命を奪っては楽しげに笑っていた。
彼女の悪名は天上界でも伝説的なのだ。
奪われた生命の遺族達は彼女を恨み、恐れている。
当然冥府では英雄の様に扱われているはずだった。
だが戦神の少女は亡命したいと話したのだ。
困惑する虎白にすがるほどの勢いで体を密着させると着物をすっと脱ぎかけて胸元を見せている。
「抱いてもいいから。 なんでもするからお願い。」
「そんな小せえがきを抱くわけねえだろ。」
「酷いわねえ。 見た目より年行っているのよ?」
脱ぎかけた着物をしっかりと直させると黒髪が可愛らしい頭に手をぽんっと置くと「何が目的だ?」と尋ねた。
すると小さな戦神はテッド戦役後に彼女が経験した二十四年間を話し始めた。
変わらず唇も発する声も震わせている魔呂は「もう限界なの」と続けた。
「命令に従って天上界の国主を殺したわ・・・でも毎日冥府の覇権争いばかりで何も得られないの・・・姉には殴られてばかりだし・・・」
腕を組んで聞いている虎白は「そういえば姉がいるんだったな」と小さくつぶやくと戦神が置かれている劣悪な環境に同情している。
十二使徒と恐れられる存在でありながらも誰が冥王に近づくのかという組織内でも争いにうんざりした様子だ。
冷静な表情で聞いている虎白は「どうすっかあ」と低い声を発すると頭をなでている。
「お前小さくて可愛いから個人的には嫌いじゃねえぞ? 性格も悪い様でいいしな。 でも天上界の住人が見たいものこそお前の無惨な死だ。」
その昔に起きたテッド戦役という一大戦争は様々な者の人生を変えてしまった。
虎白が冥府に来た目的で蛾苦の妻である鈴姫の救出や嬴政が率いて戦っているシフォンとルメー以下天上界の捕虜達。
そして虎白と嬴政にしても親友を七人も失っているのだ。
だがここに来て敵側だった魔呂にまで負の波は届いているというわけだ。
巨木に寝転んで森を見上げている虎白の隣に寝転んだ悲しき少女は白い女の様に爪が伸びている手を掴むと添い寝でもしているかの様に小さい頭を肩に添わせている。
「あの戦争は誰が得したんだろうな。」
「そうねー。 私も冥府にいるだけなら姉にいじめられなかったわ。」
「お前の姉ちゃんは覇権を求めているのか?」
そう尋ねると頭が一度だけうなずいた感触を肩に感じた。
魔呂の姉は冥府で高い地位を求めるがために大切な妹を酷使している。
話を聞いた虎白は「天王に頼み込むか」とゼウスの顔を思い浮かべていた。
そして体を起こすと魔呂の名を呼んだ虎白の表情は真剣そのものと言えた。
「どんな事があっても天上界に行きたいか?」
「もうこの世界は嫌なのよ。 なんでもするわ・・・」
「本当に言ってんだな? 例え姉と戦う事になっても斬れるか?」
虎白が冷酷な質問を投げかけると僅かな沈黙の果てにうなずいた。
すると「この森はどうなってんだよ?」と迷いの森について尋ねると魔呂は巨木から降りて歩き始めた。
「どこへ行きたい?」と問いかけた戦神は木に小さな手を当てると何かを話し始めた。
「鈴がいる場所へ行きたいが、仲間に合流させろ。」
「だそうよ。 案内してあげなさい。」
魔呂が木に話しかけると、どこからか風が吹いてはまるで道案内でもしているかの様だ。
驚く虎白はこんこんと木を叩いている。
すると「怒らせたら辿り着けないわよ」と笑みを溢してた。
「生きてんのか?」
「どういうわけか言葉が通じるのよー。」
「へえ。 所で魔呂。」
小さな手を掴んだ虎白は腰を曲げて顔の高さに視線を合わせると、真剣な表情で見つめている。
「天上界に行くためにはな」と口を開くと、直ぐに黙り込んだ。
一度姿勢を戻して遠くを見ている神族は何を思っているのか。
見上げて聞いている魔呂の頭をもう一度撫でると「本当になんでもするんだな?」と尋ねたが彼女の答えは変わらなかった。
「俺達をここから逃がす手助けをしろ。 そこでもし姉が追ってきたら殺すしかねえ。 覚悟はあるのか?」
「いいわよ。 それで本当に天上界に行けるならやるわ・・・」
そう答えはしたが、魔呂の唇は未だに震えていた。
冥府兵の死体に座っては笑みを浮かべていた魔呂とはまるで別人かの様に亡命を望む彼女は下を向いている。
虎白は目的達成のために魔呂を利用する事にしたが、彼女の置かれている環境を思うと同情の念で溢れていた。
森を進む道中でも何度も立ち止まる戦神の白くて小さな手を引いては歩いていったのだ。
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