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最終話 英雄は見ている
南側領土のとある場所。
新聞を眺めている男は落胆していた。
「皇太子白斗が虐殺宣言!?」と書かれた記事を読んでいる義経は白陸へ足を進めていた。
「虎白は何をしているんだ・・・」
武技を叩き込んだ義経は帝王学を虎白から学ぶ様にと送り出したつもりだった。
それがどういうわけか白斗は西側領土の将軍を生きたまま焼き殺そうとしていた。
愛馬を走らせて白陸へ入ると慌ただしく動き回る白陸兵や白王隊がいる。
義経は本城へ着くと恋華へ謁見を求めた。
「何奴?」
「虎白の古い友人だ。」
「かしこまった。 ここで待たれよ。」
白王隊の対応は早かった。
先日厳三郎が捕らえられた事もあり、恋華には速やかに話が伝えられると謁見を許可された。
本城の中を白王隊に案内されて恋華の元へ着くと大広間で美しい着物を羽織った恋華が遅れて現れた。
「確か夫と昔旅をしていた。」
「源義経と申す。」
「左様か。」
「白斗はいるか?」
恋華は遠くを見て「宮衛党かためらいの丘でしょう」と興味もなさそうに口にした。
義経が立ち上がって一礼すると「ためらいの丘に行ってみなさい」と話した。
変わらず遠くを見ているが、「きっとそこにいる」とつぶやく様に話すと恋華は大広間を後にした。
義経はためらいの丘へ向かった。
「う、嘘だろ・・・」
白斗はためらいの丘にいた。
墓石の前で崩れ落ちている。
そこには獣王隊ペップ中尉と書かれている。
「あー!!!!! なんでだよお!!!! 俺が離れるべきじゃなかった・・・」
義経は泣き崩れて絶叫する白斗の背中を見ていた。
第六感で強力な義経の気配に気が付かないほどに泣いている。
ゆっくりと近づいていくと白斗の背中を優しくなでた。
「友人か?」
「義経先生・・・ち、父上が死なせたんだ・・・」
義経は一言で白斗が成長していない事を理解した。
下を向くと白斗の背中を擦っていた。
「立ちなさい」と小さい声で話すと白斗は脱力した状態でムクッと立ち上がった。
「本当に虎白が死なせたと思っているのか?」
「はい・・・」
「そうか・・・第六感で彼に話を聞いたかい?」
白斗の強力な第六感は到達点にいる英雄の声を聞く事ができる。
今までにも英雄の声を聞いては代弁していた。
だがいざとなるとできずにいた。
温もりも笑顔も鮮明に覚えている友が今では到達点にいる。
第六感で友の気配を感じて声が聞こえてしまえば戦死した事が確実になる。
虎白と白陸軍は今でも北側領土で戦っている。
ペップの戦死が間違いかもしれないと白斗は信じたかった。
「きっと帰ってきますよ。 先日ハンナの彼氏も生きていましたから・・・」
「白斗・・・受け入れなさい。 友のためにも立派な跡取りになりなさい。」
「俺にはできません・・・恋華叔母上は新たに子供を作ると・・・」
先日の虐殺未遂で信用を失った白斗に失望した恋華は前から考えていた虎白と紅葉と自身の血が入った子供を作る事を白斗に話した。
それはつまり皇国の正当な血だけで産まれてくる子供だ。
人間の血が入っている白斗よりも白陸の跡取りに相応しい。
「誰も俺に期待なんてしていません。 でもこいつは。 ペップだけは俺を頼ってくれました・・・」
「そんな事はない。 虎白は君に期待をしている。 前を向きなさい。」
義経は淡々と話しているが白斗の顔をじっと見て真剣な眼差しで話していた。
涙を流している白斗は義経の言葉に素直にうなずく事はなかった。
どうしても虎白を憎んでしまった。
「父上はこの先一体どれだけの兵士を死なせるつもりだ・・・」
「厳しい事を言うが君が殺そうとした西側の者達だって同じ事を思うだろう。」
「でも俺は殺してません!!」
「結果論だ。」
あの時、孫策や趙政が止めなければ間違いなく西の将軍達を殺していた。
そうなれば白斗と同じ悲しみを持つ者が大勢いただろう。
虎白はその悲しみの連鎖を止めるために自らの身を削って戦っている。
話し合いでは解決できないから。
戦うしかないから。
それだけ悲しみが増えるが終わらせるためには戦うしかなかった。
「俺にはもう何が正しいのかわかりません。」
「正しいか・・・それは君が決める事だが虎白の歩む道が正しいとは思わないんだね?」
「わかりません・・・」
義経が悲しそうに白斗を見ているその時だった。
「白斗・・・」という声が微かに聞こえていた。
驚いた白斗は周囲を見ていた。
「ペップか!? ほらやっぱり生きていた!!」
「白斗・・・違うよ。 目の前だ。 彼はそこから。」
義経が見つめる先は墓石だ。
ペップは親友を呼んでいる。
義経はためらいの丘を離れた。
「白斗・・・」と小さい声で呼んでいた。
墓石に近づくとたまらず泣き崩れた。
「ペップなのか・・・?」
「ごめんね・・・約束した夢の先を一緒に見に行けなかった・・・」
「なんでだよ? 父上に無理な作戦に出されたか? 夜叉子叔母上の判断が悪かったんだろ!?」
ペップは「違うよ」と返した。
天上界の優しい風が白斗の髪の毛をなでると花が美しくも切なく揺れていた。
芝生の上で泣き崩れる白斗を照らすかの様に太陽の神が能力を出している。
誰もいないためらいの丘でたった1人泣いている。
「虎白様もお頭も悪くない。 俺を殺した敵だって。」
「じゃあ誰だよ!!!!」
「世界だよ。 こんな世界になるまで変えようとしなかった全員が悪いんだ。 虎白様はそれを変えようとしている。」
前線で戦死したペップは気づきかけていた。
襲いかかってくる赤軍の兵士の顔も近くで見ていた。
何人もの赤軍を殺害して気がついた。
勇敢な彼らも死にたくないのだと。
争いを続ける世界が誰も彼もを悪魔に変えてしまったのだ。
虎白や夜叉子だって殺戮を続けている。
それは事実だ。
善人だなんて誰も思っていない。
ペップはその事に気がついたのだ。
「白斗・・・正義なんてないよ。 正解だってないかもしれない。 でもね俺はわかったよ。 信じた者が勝利する事だけが価値になる。 俺は虎白様やお頭を信じた。 それで十分だよ。」
正義なんてない。
その言葉を口にして戦いに勝利すれば正義かもしれない。
虎白は一度も「正義」と口にした事はなかった。
ただ、信じた者と自分が決めた事を行っているだけだった。
ペップはそれを信じた。
「俺は後悔していない。 白斗と夢の先に行けなかったのは悲しい。 でも俺達は見ているよ。 ずっとこの場所で。」
するとかつての英雄達の声が聞こえていた。
今日までに命を落とした多くの英雄達が。
信じた道を進めと口にしていた。
若き白斗にはまだわからなくても必ず答えに辿り着けると英雄達は言っている。
「大丈夫だよ白斗。 俺が話を聞くから。 大好きだよ親友。」
「俺もだよ・・・1人にしないでくれ・・・」
「1人じゃない。 俺はこの場所にいる。 それにメリッサ様や多くの仲間がいるだろ?」
ペップは優しく語りかけていた。
残された者の悲しみは消える事はない。
それは健太もカインも真作も白斗も同じだ。
当然虎白だってそうだ。
だが誰もが背負っている。
多くの大切な存在を失った虎白は背負って生きているからこそ強くなっているのだ。
戦争のない天上界を創ると決めたのはそのためだ。
「俺にできるかな・・・」
「大丈夫だよ。 いつの日か俺がいなくなってからのそれからの話しを聞かせてくれ。」
「ペップ・・・俺だってお前が大好きだ・・・」
「わかっている。 親友だもんね。」
白斗は何時間もその場所にいた。
ペップは「前を向いてくれ」と何度も口にしたが今日の白斗には不可能だった。
ためらいの丘の出口で見守っていた義経も静かに立ち去った。
戦いはまだ続く。
白斗は明日からは前を向いて生きなくてはならない。
心配したメリッサが迎えに来るまで白斗はその場にいた。
「白斗お・・・」
「お前か・・・俺は親友と話してんだ・・・」
「帰ろうよお・・・」
心配そうに白斗の隣で女の子座りをすると手を合わせていた。
メリッサの第六感も相当なものだった。
ペップの声が聞こえると「一緒に頑張ろうよお」と優しく白斗に語りかけた。
「俺に出来るかなメリッサ・・・」
「それはやってみるしかないよお。」
「そうだな・・・ペップ・・・元気でな・・・また会いに来るから・・・」
白斗はメリッサと共にためらいの丘を後にした。
誰もいないためらいの丘は月の神が能力を出して照らされている。
夜風に吹かれて花達が切なく揺られている。
「白斗・・・」
「お前いつまでメソメソしてんだよっ!! 食らえサガミキック!!」
「やったな兄貴!!」
「はいはい白陸軍同窓会始めるよー。 平蔵さんが待ってるよー。」
「リト今日は何飲もうかー?」
英雄達は安息の場所で平穏に暮らしている。
だが忘れたわけではない。
鞍馬虎白の夢が叶う日を信じて見ている。
そのたびに新たに到達点に来る者達を歓迎している。
いつの日か必ず。
それだけの年月がかかろうとも必ず。
英雄達は見ている。
天冥聖戦 外伝 帰らぬ英雄達
完
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