15人が本棚に入れています
本棚に追加
第2章 お嬢の守護神
「お嬢は我らの希望だ。」
黒いトンガリ帽子をかぶる兵士。
細い顔立ちに吊り目の男。
健作。
「1人でよう生き延びたもんやな。」
同じくトンガリ帽子の兵士。
信吉。
この2人が見つめる先には2人の男女。
髭面の体つきの良い男。
黒い制服に赤い毛の被り物。
将校の制服を着ている。
新納忠介。
そしてその隣には小柄であどけなさが残る少女。
薙刀を持ってニコニコしている。
優子。
「この間偶然にも姉上に会えたー!!!!」
満面の笑みで飛び上がる優子は新納にしがみつく。
「そりゃ良かったね。 これからは共に行動す?」
優子の頭をなでて微笑む新納はこれからの事を尋ねる。
「もっちろーん!! でも私達の事を嫌いな兵士も多いんだってー」
新政府軍。
戊辰戦争で西洋の武器を取り入れて徳川幕府に立ち向かった者達。
優子はかつて幕府軍として姉の竹子と共に戦ったが浮遊霊となって彷徨っている所を偶然新納に拾われた。
それから行動を共にする優子と新納は新政府軍のみで構成された独自の武装集団を結成して日々怨霊から身を守っていた。
健作と信吉は古くから新納に仕える兵士だった。
そして月日は流れ「狐の神」が率いる集団に加わった新納と優子。
日々訓練を行い、幕府軍ともなんとか上手くやっていた。
そんなある時。
エン・シャオエンが怨霊の大軍と戦闘中との知らせが入る。
その者は「狐の神」の直接的な味方ではなかった。
しかし間接的にエンは狐を守ろうと戦っていた。
新納含む狐の神こと鞍馬虎白率いる指揮官達は作戦会議の結果エン・シャオエンに援軍として赴く事を決定する。
怨霊は何万もいた。
エンが率いる元軍は1万。
虎白が率いる軍はたった2000人。
しかし考えが揺るがない虎白は出陣した。
新納も同様に出陣した事により健作も信吉も出陣した。
「配属は決まったんか?」
信吉が健作に尋ねる。
「第3小隊の1列目になった。 信吉は?」
「わしは第1小隊の2列目や。」
「じゃあ最初に撃たれる心配はないな。 気をつけてな。」
「はっはっは。 そりゃお互い様やな。」
2人とも優子指揮下の大隊に入り健作は第3小隊。
信吉は第1小隊に入り前線へと向かう。
しばらく行軍すると凄まじい怒号と剣戟が響く。
虎白の軍は怨霊の軍の背後に着いた。
背の高い茂みに隠れて攻撃の合図を待つ。
「第1小隊。 一斉に撃つよー。 頑張ろうねー!」
鉢巻をして薙刀を持つ優子が笑顔で第1小隊に合図をする。
信吉はエンフィールド銃を持って茂みから出る。
片膝を付いて狙いを定める。
呼吸を落ち着かせて照準に怨霊を捉える。
『第1小隊!! 撃てー!!』
ババーン!!
優子の第1小隊と新納の第1小隊が同時に発砲して大勢の怨霊を倒した。
そして発砲を合図に騎馬隊が突撃した。
一斉射撃で混乱する怨霊の中にガンガン突撃していく騎馬隊はまるでゴミでもどかすかの様に走り続ける。
その間も信吉と健作が所属する射撃隊は火を吹き続けた。
ババーン!!
ババーン!!
ババーン!!
『着剣!! 各自、歩きながら一斉射撃。』
信吉と健作はゆっくり歩きながら銃を撃っては装填して進む。
(いよいよや。 乱戦になるで。)
信吉は覚悟を決める。
そして振り返ると健作と目が合う。
(絶対に勝って生き残るぞ。 お嬢は我らがずっと守る。)
互いにうなずいて前を向く。
『全隊構えー!! 駆け足で接敵前に一斉射撃! その後は敵を駆逐せよ! かかれー!!』
『おおおおおおおおー!!!!!!! うわああああー!!』
そして装填を終えた信吉は敵に向かって走る。
「うわああああああ!!!!!!!」
鬼の形相で敵に向かって行く。
信吉に敵が迫る。
バーン!!
発砲して1人を倒すと2人、3人と信吉へ迫る。
「かかってこい!!!」
2人目を銃剣で刺す。
3人目が取り押さえに信吉へ迫る。
スッと銃剣を抜いて銃床で顔を殴る。
「舐めとったらあかんでっ!!」
信吉の奮戦に第1小隊は奮起する。
そして後続の第2、第3小隊も到着して大乱戦になる。
「みんなー敵を右に押しちゃえー!! ははー!!」
優子が高笑いをして叫ぶ。
信吉達は敵を右へ右へ追いやった。
抵抗する者は射殺して殴る蹴るでとにかく道を開いた。
「どうじゃ。 道はできたんか?」
信吉が敵を蹴っ飛ばして振り返る。
「おう。 信吉。 大事ないか?」
「お前こそ。 見ろ。 狐様が来るぞ。」
信吉達が力ずくで開いた道を堂々と走る者達。
その先頭には純白の肌に純白の髪の毛。
顔の半分には赤い模様。
2本の刀を持って不敵な笑みを浮かべる狐。
鞍馬虎白。
その隣を走る美女。
優子にそっくりな顔だが少し大人っぽい。
鉢巻に薙刀。
竹子。
そしてその兵士達が敵に向かって行く。
「怯むなー!!!」
信吉と健作は互いの背後を守りながら戦う。
この乱戦の中でライフルに弾を入れるのは不可能。
銃剣でとにかく敵を刺して戦う。
「うわああああああ!!!!!!! 信吉!!」
「おう!! お嬢は無事なんか?」
周囲の怨霊を蹴散らしている。
2人は優子の安否が気になる。
「お嬢の声が聞こえるか?」
「えーいっ!! みんな頑張れー!!」
「無事やな。」
「ああ。 絶対に死なせるもんか。 お嬢は我々の希望だ。」
2人の堅い決意。
それは新政府軍の全兵士が思っていた事だ。
優子と彼らの出会い。
「落ち着かんか。」
「嫌だー!! 触らないでー!! おじさん達新政府軍だよねー。 酷い事するんでしょー!!」
薙刀を構えて新納と距離を取る。
「そ、そんな事しないよ。 おじさん達は君を守ってあげる。 誰か知り合いはいないの?」
「姉上を探して・・・」
「じゃあ姉上が見つかるまで一緒にいよう。 1人じゃ危ないよ。」
新納の髭面を怖がる優子は健作に近寄って健作の話だけはちゃんと受け答えした。
「はっはっは。 なんやなんや。 お前にそんな特技があったんやな。 女ったらしめ。」
信吉が見て笑う。
「お、おい! 人聞きの悪い事言うな! だ、大丈夫だよ。 この人達はおじさんの友達だから。 みんな優しいからね?」
新納が「ふっ」っと笑い、優子は健作から離れないが薙刀をギュッと握りしめている。
そんな時。
「敵襲ー!!!」
「何事や?」
「数は多くないが怨霊が束になって迫ってきている!!」
「反撃や!!」
突然の怨霊の奇襲に慌てる新政府軍。
「えーいっ!!」
優子は1人走り出して怨霊に向かっていく。
「何しとるんや!! 新納隊長!!」
「全力でお嬢を援護せじゃ!! チェストー!!!!!」
「おー!! チェストー!!!」
優子は薙刀で1人を刺す。
直ぐに薙刀を抜いて隣にいる怨霊へ振り抜く。
胴体が真っ二つに避けて消える。
流れ作業の様に次々と斬り倒していく。
「えーいっ!! あっ!!」
背後から優子を掴み取り押さえようとする。
バーン!!
バーン!!
「わしらのお嬢に何するんじゃ!!!!」
「お、お嬢!?」
『おおおおおおおお!!!!!!!!!!』
優子の周囲の怨霊を撃ち抜くと銃剣を付けた新納達は鬼の形相で襲いかかる。
そしてあっという間に怨霊を撃退した。
「なんであんな危ない事を・・・」
「だっておじさん達が強いかわからないから。 姉上が弱い人を守ってあげなさいって言ってたもん!!」
その言葉に一同は目をまんまるにした。
「はーっはっっはっはー!!!!」
「なんで笑うのー!!」
「おい。 信吉。 これは我々がお嬢を守るんじゃなさそうだな。」
「せやな。 守ってもらおうかな。」
「そ、そういう事なら一緒にいてあげる。 私が守ってあげるね。」
純粋な優子に信吉達は心を奪われて「優子に守ってもらう」と言う事で優子を保護した。
その純粋な眼差し。
16歳の幼いながらも研ぎ澄まされた武技。
新納含め全兵士がお嬢を守りたいと思った。
「なあ。 信吉。」
「なんや。」
「あのお嬢は我々の希望だな。」
「希望?」
信吉が首を傾げて健作を見る。
「ああ。 新政府軍、幕府軍。 そりゃ確かに生前はな。 でも。 今じゃそんなもんない。」
「せやな。 健作の言う通りやな。 今の敵は怨霊や。」
新政府軍と幕府軍。
現代にまで残るその確執を彼らは埋めたかった。
純粋で少しずつ心を開いてくれる優子を見て健作は強く思った。
平和への架け橋になってほしいと。
そして時間と共に優子はみんなに懐いていった。
「お団子食べる人ー!?」
「おー。 お嬢のお団子でも食うか。 休憩せじゃ。」
新政府軍と優子は独自で行動して確実に力を付けていった。
「ん? なんだあいつら。」
不審な人影に身を潜める健作。
「おーい。 健作。 お嬢の団子食わんのか?」
「シー。 おい信吉。 あれ。」
「なんやあいつら。」
2人は静かにエンフィールド銃を構える。
軽自動車から降りて周囲を見る男女。
男の方は最近忽然と姿を消した狐の兵士。
安良木皇国の武士。
女の方は男の母体を扱っている。
しかし霊同士には母体を扱っていても中にいる者の見た目が見える。
透けている様に母体の中にいる女。
優子に似ていて美しかった。
そして健作達はスッと銃を構えていると男女は気づき身構える。
新政府軍と知った女の方は母体を狐と入れ替わり薙刀を構える。
新納はその見た目を不審に思い優子を呼びに行った。
「なーにー? みんなお団子食べようよー。」
「姉さんかも知れんど。」
「姉上!?」
優子は急いで隊列を組んで構える新政府軍の前列へ向かう。
そして優子と女は同時に言った。
「姉上!!」
「優子!!」
奇跡的な再会を果たした美人姉妹。
そして狐の神こと鞍馬虎白と行動を共にする事になった新政府軍は今戦場にいる。
「お嬢!!! あ、あれ!!」
「うわー。 援軍だよ・・・あれ正規兵だよねー」
虎白達が上級悪魔を討ち取りに突撃した。
優子達は虎白の退路の確保のため後方で戦っていると更にその後方から怨霊の援軍が到着する。
鎧兜を身に着けて迫る。
その旗は。
徳川幕府の旗。
「ほれ見た事か!! やっぱり幕府軍なんぞ信用ならんのや!!!」
迫る幕府軍に新政府軍の指揮は乱れる。
「そんな・・・狐様と共に向かったのも幕府軍だ・・・」
「こいつらに同調して狐様を殺すかもしれんぞ!!!!」
混乱する新政府軍。
そんな時。
「チェストー!!!!!!!!!!!!!!!!」
『!!??』
その叫び声に一瞬沈黙する。
「に、新納隊長!?」
「なにもんだろうとお嬢に手を出すやつは許さん。 皆。 奮起せじゃ。」
『うわああああああ!!!!!!! チェスト!!!!!!!』
薩摩に伝わる掛け声。
「気合を入れていけ」という意味のこの言葉。
新納は薩摩島津の時代から伝わる名家の出。
この「チェスト」は先祖から代々受け継いだ。
腹の底から沸き上がる勇気。
新政府軍は怨霊の正規兵に向けて銃を構える。
「第1小隊!! 撃てー!!!」
乱戦の中、なんとか発砲する。
正規兵は新政府軍に向けて突撃する。
「かかれー!!!」
『おおおおおおおお!!!!!!!!!!』
3000人の正規兵。
優子達は数百。
圧倒的に劣勢。
しかし一歩も退かなかった。
逃げる場所がなかったのもそうだが彼らに退くという発想はなかった。
「おー行くぞ信吉!!!」
「やったるわ!!!」
「私の第1小隊は集合ー!!!」
「すまん。 健作。 じゃあな。 死ぬなよ。」
「おう。 信吉。 お嬢を頼むぞ。」
「任せとけや。」
優子は第1小隊を連れて敵の分断を図る。
新納はその場に残り、優子の第2、第3小隊も連れて奮戦する。
「よーしみんな頑張るよー!!」
信吉は優子のそばに付いた。
(絶対に死なせんぞ。)
正規兵は第1小隊に襲いかかる。
バーン!!
エンフィールド銃の一斉射撃で数人倒したが大勢で迫る正規兵の前に第1小隊の足は止められて止む無く乱戦になる。
「えーいっ!!」
薙刀で奮戦する優子。
しかし敵も正規兵。
優子の薙刀を受け止めて反撃してくる。
「うわああああああ!!!!!!!」
スッ。
正規兵の刀が優子の肩をかする。
信吉はとっさに正規兵を銃剣で刺す。
「お嬢大丈夫なんか?」
「大丈夫ー。 それよりこれは大変だよ・・・」
「絶対にお嬢は守るで。」
第1小隊は少しずつ包囲されていった。
そして1人、また1人と第1小隊は倒れていく。
たった15人程度だった第1小隊はその数をみるみる減らしていく。
「お嬢・・・」
「うう・・・みんな消えちゃう・・・」
「泣くなお嬢!!!」
サクッ
「うう!?」
信吉の背中に槍が刺さる。
「何しとるんや!!!」
銃床で殴り銃剣で刺す。
優子の周りを守る第1小隊は最早5人だった。
「構えろー。 放てー!!」
ババーン!!
正規軍は一度離れると射撃してきた。
信吉は優子を抱きしめる。
「ぐはっあ・・・まだまだ・・・そんな鉄砲じゃ死なんぞ。」
体中に穴が空いている信吉は煙を出しながらもエンフィールド銃を持つ。
今の射撃で生き残っている者は優子と信吉と2人。
「かかれー!!!」
そしてまた正規兵は突撃してきた。
「お嬢。 あんたは死なせん。 せやけど俺はここまでや。 達者でな。」
優子の顔を見てニコリと笑う信吉と2人の新政府軍。
『うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
そして3人は消えた。
その数分後。
虎白がエンの兵士までも引き連れて戻ってきた。
しかしその後の戦闘で新納まで戦死した。
優子は虎白と共に「天上界」へ向かう。
友を失った健作。
良くやった。
お前は命がけでお嬢を守ったんだな。
後は任せろ。
新納隊長も。
信吉も。
第1小隊の皆も。
お嬢は残った俺達が守る。
希望の光はまだ輝いてるぞ。
どうか見ていてくれ。
必ず優子様はもっと偉大になる。
皆の犠牲を忘れる事はない。
永遠に。
最初のコメントを投稿しよう!