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第12話 「おれはダンゴムシ以下」
(S. Hermann & F. RichterによるPixabayからの画像 )
おれは部屋のドアを開けた。なかは真っ暗。照明のスイッチがどこにあるか、わからない。
壁を探っていると後ろからぶん殴られた。
「いってえええっ!」
しゃがみ込むと、続けて蹴りがきた。
「何なんだ、お前ら。どっかのチームのカチコミか?」
どんどん蹴られる。目の前が白くなった。まずいな、ここで倒れたら殺されるかも。
必死で顔を上げると、廊下の明かりを受けて黒い影になっている男がいた。背が高いから、椿(つばき)をさらったスタジャン野郎じゃない。仲間だ。
おれは手を伸ばして男の足をひっぱろうとした。頼む、ころんでくれ――うぎゃ! あばらに激痛が。痛みを追いかけるように、男がまた蹴ってきた。
うわ。もうダメだ。
いったんこっちが倒れると相手はやりたい放題だ。どんどん攻撃してくる。
身体を丸めてうめくばかり。これじゃダンゴムシみたいだ。
いや、ダンゴムシは固いからもっと強いかも……虫以下かよ。
――いいじゃん。
しょせん、その程度の男だ。好きな女の子を助けに来て、敵に蹴り飛ばされる。
見た目はイケメンかもしれないが中身はフヌケ……よわっちくて、ダメなやつなんだ。一生、負け犬だよ……。
やけくそになって、ごろりと相手に身体をさらした。好きにしろ、もう。
態勢を変えた時、おれの身体の下で何かがカチッと音を立てた。
ぼうっと部屋のすみが明るくなる。そっちを見て俺は口を開けた。
「――なんだ、これ」
大きなテレビ画面には華麗な女王さまがうつっていた。手にはムチ、足にはニーハイのブーツ。SMバー‟ダブルフェイス”のエミリさんだ。
エミリさんはダパダパと色気を振りまきながら、男の子にムチを振るった。ひどいなエミリさん、子ども相手に……。
ちがう。子どもじゃない。子どもの格好をした男だ。そいつは小さすぎるランドセルを背負って、女王さまに泣いている。
『ごめんなさい、ごめんなさい、おかあさん』
『悪い子ね、おしおきよ』
おれの上から、あざ笑う声が聞こえた。
「ったくよう。うちのリーダー、ケンカは強いくせに、こんなもん見なきゃできねえんだ。ヘンタイだぜ」
ぴしっぴしっ、とムチの音が続く。おれのなかで、黒い記憶がよみがえる。
『シンジ、できるわよ。できるのよ』
『できない、できないよぅ……』
いや。
できたんだ。
あの日、十一歳のおれはやれたんだ……。
たとえ子供でもおれは男で、あのひとは女性だった。だから守ってあげなきゃいけなかったのに。
できなかった。
おれはダンゴムシ以下の男だから。
どれだけ蹴られてももう平気だ。痛みは身体の内側から、あふれてくる。止めようがない。
死んじまえ。おれなんて。
その時、おどおどした声が聞こえてきた。
『……着替えて、きまし、た』
驚いて目を開ける。まさか――椿ちゃんがこの部屋に?
だがいるのは、画面を見てあざ笑う男だけ。
「ほんっと、もっさい女だな。あの女王の妹とは思えねえ」
「いもうと……?」
画面を見る。そこに椿ちゃんがいた。真赤なレザー衣装を着て、ムチを持った椿ちゃんが泣いていた。
『できません、おねえちゃんじゃないんです、女王さまなんて、できません』
『やれよぉ。エミリさまの責任はお前が取れ。バカ女、カツ入れてやるよ』
あほスタジャン男が椿ちゃんに近づいた。
バシッと平手打ちの音がした。
やわらかく、白い頬に男の手形が浮いた。くそ、何をしやがる!
椿ちゃんは気絶しそうになりながらもがんばり、泣きながらムチを振るった。かろうじて男の背中に当たったが、勢いがない。
『足りねえぞ、クソ女』
ぴしぱしっ。
『あああああ、いいカンジか? もっとだ』
ぴしぴしパシッ。
画面の男は、だんだんもだえはじめた。
『そうだ、もっともっと』
「……もっと、じゃねえよ、アホ……」
おれはゆっくりと態勢を変えた。あばらが痛くない角度を探す。その位置に身体を置いて全身をちぢめた。“ダブルフェイス”で見た、犬男みたいに。
『いい……いいようう……』
アホ男の声を聞きながら、身体を小さくして、力をためる。喉の奥から声が出た。
「ばか……言ってんな、アホ男……椿ちゃんの、ムチは――」
「ああ? なんか言ったか、おま……ぎはっ!」
おれは一気に跳ね起きた。あばらが叫んでいるが、もうどうだっていい。
一気に男のみぞおちに向かって頭突きをした。
男が吹っ飛ぶ。その足に、肩から突っ込んでいく。
「椿ちゃんのムチは、おれだけのものだああああ!」
バランスを崩した男が床に倒れる。そこへ上から飛び込んだ。
渾身の足蹴りが、男の鼻にヒット。
「なんだ……あっ、ち……血がっ」
男は鼻を押さえる。手からぼたぼたと血が流れ落ちた。おれはつぶやく。
「みぞおち、頭突き、はなぢ……あれ?」
なんかちょっと違う気がするが、まあいい。
おれは部屋を出て椿ちゃん救出に向かおうとした。
そこへ――首を締めあげられた。
「あれくらいで、調子に乗んなよ!」
え。この男、まだまだ元気だよ。あっ、呼吸が止まる、を確認しなかった。でも鼻血を出したら、戦意喪失するんじゃないのか?
井上さんの、うそつきーーー!
ぎぎぎっとあばらがきしんだ時、黒い影がスッと男の背後に回った。長身の影は流れるような動きで、男のこめかみに肘打ちをかました。
「――奥でヤツを助けてこい。時間がかかりすぎている」
目出し帽から、氷のような切れ長の瞳が光っていた。
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