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第8話 「待ってろ、椿。いま行くから」
(0fjd125gk87によるPixabayからの画像 )
電話をしてから十五分後、どSヒーロー、深沢(ふかざわ)さんがSMバー”ダブルフェイス”にやって来た。
超絶ふきげんで、ドカっと腰をおろす。すぐに長い脚でおれを蹴った。痛い。身体をちょっと動かすだけでも胸のあたりが痛い。
「話せ、シンジ」
機嫌の悪いボスは、ぶった切ったように言った。おれはそっと胸をかばって答える。
「一時ごろ、椿つばきちゃんが店の裏に出たんです。そこで男に襲われました」
「どんな奴だ」
「身長は、百六十五センチくらい。小柄ですが、よく筋肉がついていました。格闘技をやっていたかも。年令は二十代半ば、龍とトラ柄のスタジャンを着ていて―――そうだ、椿ちゃんが名前を呼んでいました」
「それを先に言え」
ドカッと、またボスの蹴りがめり込んだ。びりびりと胸に響く。いてえ……その痛みで椿ちゃんの声を思いだす。あの男の名前……。
「くわた……? くわばら?」
「くわの、じゃないの」
エミリさんが口をはさんだ。女王さまのレザー衣装を着て、ロングブーツをはいたままのエミリさんは真っ青だ。
ボスはエミリさんを見た。
「知ってんのか、エミリ」
「うん。お客さん……だったの。先月、酔っぱらって店をめちゃくちゃにしやがったから、出禁にしたのよね」
「てめえの客か。素性は」
エミリさんは眉をひそめて考えた。
「こんな店だもん、素性なんか分かんないわ。でもたしか、新宿あたりでよく遊んでいるって言ってた。”あのへんじゃカオなんだ”って、自慢そうに話してたのよ」
「新宿で、”くわの”か」
ボスは電話をかけはじめた。
すぐに相手が出る。知り合いみたいだった。
「クラさん、洋輔(ようすけ)だ。なあ、‟くわの”っつぅチンピラ、しらねえか。年は二十五ぐらい……ああ、ソイツだ。ヤサはどこだ」
ボスのスマホから大きな笑い声が聞こえた。ボスは仏頂面(ぶっちょうづら)のままだ。
「ふざけんな。金なら払う。親父の具合なんざ知りたくねえんだ――わかった。もう一度、カミさんをそっちにやる。いいな」
ボスはぶつりと電話を切った。
「ちくしょう、足元を見やがって。まあいい」
もう一度、電話をかけはじめた。こちらの電話は一言だ。
「―――俺だ。十分でそっちに行く。頼むぜ」
ボスが立ちあがる。肉厚な刃を隠すつもりがない武器のようだ。鋼の重量で相手をたたき切る太刀に似ている。
怖い男。
だが、黙ってボスを見ているだけじゃだめなんだ。
「おれも行きます」
ボスはじろりとおれを見た。それからどん、と胸を叩いてきた。
「ぐはっ!」
そのまま、ぺろっとおれのシャツをめくった。
「痛み、圧痛、皮下出血、腫脹。シンジ、あばらをやられたな」
「……さあ」
「とぼけんじゃねえ」
そう言うと、右胸の下を軽くトントンとした。ぎはっ、痛い!
「骨がきしむ音が聞こえるだろう。八……と七がやられたな」
「はち? なな?」
「肋骨の番号だ。ま、ヒビだ。おとなしくしてりゃ治る」
ボスは行ってしまいそうになる。いそいで前に立って叫んだ。
「おれも行きます。椿はカノジョです。取り返すのは、おれだ」
ボスは妙な顔をして、コッチを見おろした。なにしろ百八十八センチだ。たいていの男は見おろせる。
「ジャマになる」
「なりません、何でもやります」
「めんどうだな……連れてくか」
「はいっ!」
ボスがドアを開けると11月の風が吹きつけてきた。冷たさに目をつぶりそうになったが、風に向かって、こじあける。
まってろ、椿。
おれが助けてやるから。
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