第8話 「待ってろ、椿。いま行くから」

1/1
前へ
/21ページ
次へ

第8話 「待ってろ、椿。いま行くから」

38a5d6d5-8481-4973-93eb-256f59226025 (0fjd125gk87によるPixabayからの画像 )  電話をしてから十五分後、どSヒーロー、深沢(ふかざわ)さんがSMバー”ダブルフェイス”にやって来た。  超絶ふきげんで、ドカっと腰をおろす。すぐに長い脚でおれを蹴った。痛い。身体をちょっと動かすだけでも胸のあたりが痛い。 「話せ、シンジ」  機嫌の悪いボスは、ぶった切ったように言った。おれはそっと胸をかばって答える。 「一時ごろ、椿つばきちゃんが店の裏に出たんです。そこで男に襲われました」 「どんな奴だ」 「身長は、百六十五センチくらい。小柄ですが、よく筋肉がついていました。格闘技をやっていたかも。年令は二十代半ば、龍とトラ柄のスタジャンを着ていて―――そうだ、椿ちゃんが名前を呼んでいました」 「それを先に言え」  ドカッと、またボスの蹴りがめり込んだ。びりびりと胸に響く。いてえ……その痛みで椿ちゃんの声を思いだす。あの男の名前……。 「くわた……? くわばら?」 「くわの、じゃないの」  エミリさんが口をはさんだ。女王さまのレザー衣装を着て、ロングブーツをはいたままのエミリさんは真っ青だ。  ボスはエミリさんを見た。 「知ってんのか、エミリ」 「うん。お客さん……だったの。先月、酔っぱらって店をめちゃくちゃにしやがったから、出禁にしたのよね」 「てめえの客か。素性は」  エミリさんは眉をひそめて考えた。 「こんな店だもん、素性なんか分かんないわ。でもたしか、新宿あたりでよく遊んでいるって言ってた。”あのへんじゃカオなんだ”って、自慢そうに話してたのよ」 「新宿で、”くわの”か」  ボスは電話をかけはじめた。  すぐに相手が出る。知り合いみたいだった。 「クラさん、洋輔(ようすけ)だ。なあ、‟くわの”っつぅチンピラ、しらねえか。年は二十五ぐらい……ああ、ソイツだ。ヤサはどこだ」  ボスのスマホから大きな笑い声が聞こえた。ボスは仏頂面(ぶっちょうづら)のままだ。 「ふざけんな。金なら払う。親父の具合なんざ知りたくねえんだ――わかった。もう一度、カミさんをそっちにやる。いいな」  ボスはぶつりと電話を切った。 「ちくしょう、足元を見やがって。まあいい」  もう一度、電話をかけはじめた。こちらの電話は一言だ。 「―――俺だ。十分でそっちに行く。頼むぜ」  ボスが立ちあがる。肉厚な刃を隠すつもりがない武器のようだ。鋼の重量で相手をたたき切る太刀に似ている。  怖い男。  だが、黙ってボスを見ているだけじゃだめなんだ。 「おれも行きます」  ボスはじろりとおれを見た。それからどん、と胸を叩いてきた。 「ぐはっ!」  そのまま、ぺろっとおれのシャツをめくった。 「痛み、圧痛、皮下出血、腫脹。シンジ、あばらをやられたな」 「……さあ」 「とぼけんじゃねえ」  そう言うと、右胸の下を軽くトントンとした。ぎはっ、痛い! 「骨がきしむ音が聞こえるだろう。八……と七がやられたな」 「はち? なな?」 「肋骨の番号だ。ま、ヒビだ。おとなしくしてりゃ治る」  ボスは行ってしまいそうになる。いそいで前に立って叫んだ。 「おれも行きます。椿はカノジョです。取り返すのは、おれだ」  ボスは妙な顔をして、コッチを見おろした。なにしろ百八十八センチだ。たいていの男は見おろせる。 「ジャマになる」 「なりません、何でもやります」 「めんどうだな……連れてくか」 「はいっ!」  ボスがドアを開けると11月の風が吹きつけてきた。冷たさに目をつぶりそうになったが、風に向かって、こじあける。  まってろ、椿。  おれが助けてやるから。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

74人が本棚に入れています
本棚に追加