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そのカフェバーは、俺の住むマンションからほど近い、商店街の一角にあった。
昼間は遠方からの観光客までやってくるほどの賑わいを見せる商店街だが、店じまいは早い。シャッター街となるこの時間は、帰宅を急ぐ地元民が足早に歩いているだけだ。特に強い雨が降っている今夜は、人通りもほぼない。
通りの向こう側に見えるカフェバーの入り口前の歩道に、降りしきる雨の中、ビニール傘を片手に佇む人影があった。ぼんやりと街灯に照らされた黒尽くめの姿は、まるで人形のようで精気は無い。
近づくに連れ、その様子は鮮明になる。雨音にかき消されて声は聞こえないが、電話をしているらしい。
年の頃は二十代半ば、といったところだろうか。大きな目、すっきりと通った鼻筋、薄い唇、細い顎のライン。透き通るように白い肌と整った顔立ちは、生身の人間とは思えないほど。背丈は俺の肩を優に超え、恐らく百七十センチはあるだろう。
横を通り過ぎる俺に意識を向けるでもなく電話を続けるその女は、酷薄そうな、それでいて思わず身震いするほど美しい笑みを浮かべたのだ。
それは電話の相手に向けての笑みだったのだろうが、その一瞬、俺は、女の心の中にある憎悪を見たような気がした。
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