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仕事を終えてマンションに着いたのは、夜の十一時を少し過ぎた頃だった。
八代優樹は手にコンビニの袋をぶら下げ、エレベーターに乗り込んだ。三階のボタンを押してから、ほっと一息ついた。
新しくしたばかりのシステムにエラーが続き、近頃は残業の日々だった。年末年始も下っ端は電話対応に追われ、休みの日はただダラダラと過ごすに留まっている。
明日も昼まで寝よう。何も考えたくない。一日中ボーっとしたいなぁ。
そんなふうに思いながらエレベーターを降りる。重い足取りのまま自分の部屋の方へ歩き出した優樹は、いつもと違う景色に目を疑った。思わず顔が引き攣る。
おいおい、なんだよ、あれ……。
自分の部屋の扉の前に、茶色くて丸い何かがドンと置かれている。不審に思いながら近寄っていくと、それが人であることがわかった。
栗色のふわっとした長い髪は、頭のてっぺんで二つのお団子を作っていた。同じ色味のボアコートの中に体をすっぽりと包み込んでいるため、遠目から見ると茶色い塊に見えたのだ。
きっと女の子だよね。なんかお団子が猫の耳みたいに見えなくもない。もしかして部屋を間違えたのかな? 鍵が開かなくて困ってそのまま寝ちゃったとか? まぁドアを塞いでるわけじゃないし、部屋には入れるからいいか。
優樹は女の子の横を通り過ぎ、ポケットから鍵を出しドアをあける。でも中に入ることは出来なかった。ため息をついてから、チラッと下の方に視線を移動する。
こんな寒空の下に、放置しちゃっていいのかな。今は一月下旬、まだまだ底冷えのする日が続いている。そうだよ、このまま部屋の前で凍死なんてことになったら大変だ。
優樹はしゃがみ込むと、女の子の肩をポンポンと叩いた。
「ねぇ君、起きて。じゃないと凍え死んじゃうよ。おーい、起きてくれないかなー?」
何度呼びかけても起きる気配のない様子に、優樹は頭を抱える。
どうしよう……警察を呼ぶべきだろうか?
その時ふと、彼女のショルダーバッグに付いていたキーホルダーに目が行った。ゴールドのハート型のもので、その中に『Mee』と英語が書かれている。
それを見てハッとする。ふわっとした栗色の髪、そしてハート型のキーホルダー、『Mee』という名前。
おいおい、ばあちゃんの家の猫と全く一緒じゃないか……。
優樹は悩んだ末に、再びため息をつく。これは人命救助だよ。なんとなく放っておけなかっただけ。別にばあちゃんと猫を思い出したからなんかじゃないから。
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