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緊張の初日だったというのに、あっという間に放課後となっていた。駿人くん達のサポートがあったおかげだろう。クラスメイト達はそれぞれ部活動へと足を運んだり帰宅する姿があった。今の時期に入部するというのも気が進まず、わたしはどこも見学することもなく、このまま帰宅しようと考えていた。ヒナちゃんもさっき「部活に行って来るね」と言って、駆けて行ってしまった。本当にバスケが好きなんだなと思う。わたしは荷物をまとめて、帰路へ就こうとしたときに、野田先生に呼び止められた。何かやらかしてしまっただろうか。少しドキッとした。わたしは恐る恐る野田先生のもとに歩いて行った。不安のせいか足が重く感じる。野田先生のところに着くと、ほんわかした雰囲気した表情を浮かべて話し始めた。
「そんなに固くならなくていい。別に怒ってないんだからさ」
「は、はい」
「本当にお前は緊張しいだな」
「す、すみません」
「謝らくていい。それでだな。水森は部活には入る気はないのか」
「え、えっとその今の時期に入っても、ほかの人達が気まずくなると思うんで…」
「そうだな。確かに運動部とかは、固まって来たところ頃だろうな」
「はい。だからわたしこのまま帰宅部でいいかなと思っています」
「なぁ、水森。美術部に入らないか」
「び、美術部にですか?」
確かに以前の中学校でも美術部に所属していたけれど、少し気が引けてしまう。関係性が出来て来た時期に転校生が入部して、厄介に思うのではないだろうか。それに、やはり以前の中学校の思い出が脳裏に走る。恐怖心に包まれ胸が苦しくなる。力いっぱいに胸元をギュッと握りしめた。本当にわたしは弱い人間だ。一歩踏み出すだけでも足踏みしてしまう。野田先生はうつむくわたしの肩に手を置いた。
「別に強制をしているわけではない。絵を描くことが好きって言っていただろう。勧誘をしているだけだ。でもな、少しでも興味があるならば、見学にでも行かないか。そのほうがお前も決めやすいだろう」
「でもいいんでしょうか。この時期に入部するだなんて…」
「何を言う。うちはいつでも部員大歓迎だ」
野田先生はあっけらかんと笑う様子を見せた。わたしは、その笑顔に押されるがままに、美術部の見学に行くことを了承した。不安がないと言えばウソになる。野田先生は「行くか」と声かけをして、教室から出て行き、わたしもその背中を追いかけるように教室をあとにする。同じ階ということもあって、美術室の場所は把握していた。野田先生はわたしの不安を感じ取っていたのか、向かう際には不安を感じさせるヒマを与えないぐらいにスタスタと歩いていて、追いかけるのに必死になっていた。長い距離ではないのに、わたしは息を切らした。対照的に、野田先生はピンッと背筋が伸びていて、身長は同じぐらいなのに、とても大きく見える。大人の威厳というのもあるのだろう。野田先生が美術室の扉をガラリと開け、中へと入って行った。部員達は野田先生の顔を見て「こんにちは」と挨拶をした。女の子が大半だけれど、男の子も少々いるようであった。
「今日は、見学で一人来ている。みんな仲良くしてやってくれ。水森、挨拶しな」
「み、水森晴香です。え、えっと、きょ、今日から通わせていただいています。よ、よろしくお願いします」
挨拶が終えるとパチパチと拍手をしてくれていた。野田先生が少し話しをし、それぞれ作品を書き始めた。真剣な表情をしている人もいれば、楽しげに描いている人がいる。なんだか懐かしいキモチになった。以前も真剣に打ち込んだり、楽しんだりしていた。イジメが始まってからは、そのような余裕がなかった。ずっと暗闇の中で、岸に掴めることが出来ず、ずっと溺れた感じであった。またあのときのように描けるかはわからない。だけれど、ここでなら、いつかはそのときが来るのかもしれない。わたしは野田先生のもとに行き、自分の決断を口にした。
「野田先生。わたし、美術部に入部しようと思います。ご指導のほうよろしくお願いします」
「こちらもこそよろしく頼むよ」
野田先生は二ッと笑った。
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