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竜人族の小料理屋さん
「さて、じゃあ何をするか決めよう!」
「なにか考えてることはあるのか?」
「全く何も思いついてない!」
元気よく答えたマーレに、僕はあんぐりと口を開ける。自分から言い出してきたことだから何かやりたいことでもあるのかと思っていたが、確かに昨日からずっと「なにかをしたい」としか言っていなかったような気もする。
「まあ、無理に何かして誰かの迷惑になってもダメだから、俺たちにできることで考えていこうか」
そうは言ったものの、僕も何も思いついていない。正直、僕は何か人より優れているものがあるわけではない。ソフィーから聞く限り、マーレは学業面では優秀なようだ。しかしマーレはまだ誰かに教えてもらう側である。
「まあ皆の役に立ちたいんだから、衣・食・住から考えるべきかな」
「衣・食・住?」
「着るもの、食べるもの、住むところ。生活するにあたって、最重要な3つことだよ」
「じゃあ、服を作りたい」
「あー、確かに服は必要なものだもんな……うん、一回その方向で考えてみよう」
「服を作りたいの?」
玄関の方から突然掛けられた言葉に、僕とマーレは顔を向けた。
「おはよう、ソフィー。朝からどうしたんだい?」
「おはよう、イグニス、マーレ。マーレ、昨日教室にハンカチを忘れていったわよ」
「わー、ソフィーお姉ちゃんありがとう!」
「いいのよ。それよりイグニス。本当に服を作るつもりなの」
ソフィーはマーレには優しげに微笑むのに、なぜか僕には厳しい視線を送ってくる。そんな怖い表情を浮かべられている理由は分からないが、とにかくソフィーの言葉には肯定の意味をこめて、彼女に向かってうなずいた。
「イグニス、あなたマーレに布巻いただけの格好させて平気だったのよ。本当に服を作るつもりなの」
ソフィーの視線の意味が分かった。僕のセンスを疑っているのだ。その点については心当たりしかない。しかし、これだけは言いたい。
「服を作りたいのはマーレだよ。僕も手伝うけど」
「ああ、そうだったの。ごめんなさいイグニス」
「そうなの!ソフィーお姉ちゃん、服ってどうやって作るのかなぁ」
「服に使う布はゴミ山から適当に拾ってきてるのよ。だからそれを縫って服の形にする練習をしなくちゃね」
マーレが着ている服は、ゴミ山から拾ってきた布を僕の母が縫ったものだ。何の理由があるのかは分からないが、ところどころ布を余らせて縫ってある箇所があって、ソフィー曰く「デザイン性が高い」らしい。
「僕は全く自分のセンスに自信がないけど、母さんに聞けばなんとかなるかもね」
「イグニスのお母さん、縫い物お上手だもの。商店に卸してることもあるじゃない」
「そうなの? じゃあママに聞こう」
母は、僕にはマーレの親だぞということを言うが、おばあちゃんとは呼ばれたくないとのことで、マーレにはママと呼ばせている。少し矛盾を感じるが、まあ息子は結婚もしていないのにいきなり祖母というのも確かに変だよな、と思ってスルーしている。
「ありがとうソフィー。またね」
「ええ。イグニス、向き不向きがあるから、服作りがマーレには難しいと思ったらまた相談してね」
「ありがたくそうさせてもらうよ。まず、僕に向いてないからな」
僕がそう言うと、ソフィーは苦笑した。
結論から言うと、僕たち2人が器用でないことがよーく分かった。まずまっすぐ縫うことができなかった。僕は針でなんども自分の皮膚を刺して針を折ってしまったし、マーレも針で刺してしまったようで出血してしまった。母が慌ててマーレの傷にハンカチを巻いてやる。
「うーん……本当は練習させてやりたいけど、布は大事な資源だからね」
母の言葉に、僕とマーレは服作りを一旦諦めることにした。マーレがもう少し成長して、安定して布を拾いに行けるようになったらまた考えよう。
「同じ理由で、住むところ関連も厳しいな……」
「うん、不器用だからね……」
不器用なのもあるが、まず住居系、家づくりとか家具作りとかは材料が服作りに要するものよりも大きくて重い。マーレにはとてもじゃないが無理だろう。であれば、だ。
「食べるもの系だな」
「それしかないよ。私、ご飯作る人やる」
「マーレご飯作れるのか?」
「うん、ちょっと見ててね」
そう言ってマーレが走って行ったのは公園の砂場だったので、慌ててマーレを止める。
「ちょっと待て。何作るつもり?」
「任せて。おままごとの王といえば私だから」
「お砂場で作ったものは食べないでしょ?」
僕がそう言うと、マーレは「あっ!」という表情をした。先ほどまで「みんなの役に立ちたい」と言っていたのに、どうしていきなりそうなるのか。しっかりしたことを言うようになったが、まだまだ子どもだなあと少し安心する。
「食事に関してだと、畑とか動物の世話とかもある。けど……」
クワやスキなどの農耕具は重い。道具に振り回されるマーレを想像して、「これもダメだな」と却下した。
「ご飯屋さんをやろう!」
「いや、お前今ご飯作れないって分かっただろ」
「今日からママのお手伝いして覚えるよ!」
確かに最初は母に主導してもらえば、貴重な資源を無駄にするわけでもない。もし失敗しても僕が頑張って胃に入れればいいだけだ。
この日から、マーレの料理修業が始まった。僕はマーレの「仕事」を手伝いたいのと、ガラーとあまり顔を合わせたくないのもあって門番の仕事をムートに代わってもらった。そしてマーレが使う食材を用意するために畑を世話し始めた。
ガラーは僕たちの「仕事」構想がうまくいくわけないとあざ笑ったが、町で家族をもつ母親たちには結構評判がよかった。うちではマーレが食べられるように趣向を凝らしているが、竜人族は元々あまり食材を調理したりはしない。だからこそ物珍しかったのだろう。ソフィーの母親からをはじめとして、町のみんなからも「楽しみにしているからね」と声をかけられた。この中にも、ガラーのようにマーレのことをよく思っていない竜人がいるのだろうか。考えても仕方がない。僕はもマーレも、マーレが町で僕たちと同じように町の役に立ちながら生活できるということを、行動で証明するしかないのだから。
最初ままごとの延長のようだったマーレの料理の腕は、母の指導によりメキメキと上がっていった。他人に出せるだけの塩むすびと野菜炒めが完成したのは、料理を始めてから3回満月が昇った夜だった。
「うん、これなら大丈夫ね」
「僕は明日から庭先にカウンターを作るよ」
「えっと、じゃあ?」
「お食事屋さん、いよいよオープンだよ」
僕と母の言葉に、マーレはぱあっと笑顔を咲かせた。
そして僕は突貫工事で庭先にお客さんが注文できるだけの店構えを作り、ソフィーが作ってくれたおしゃれな看板を掲げた。ようやくマーレが町のためになにかをやりたいと言っていたことが現実になったのだ。まあ本当は、僕にとっては彼女が生きていてくれるだけで十分彼女の役割を果たしてくれているのだけれども。
「竜人族の小料理屋さん……小料理って何かな」
ソフィーが作った看板を見て、マーレが疑問符を浮かべる。そんなマーレにソフィーは優しく微笑んだ。
「小料理は、手軽に食べられるちょっとした料理のことよ。マーレの料理レベルに合わせて看板もレベルアップするわね」
「うん、うん! ありがとうソフィーお姉ちゃん」
マーレは嬉しそうに跳ね回り、そして僕に手を伸ばしてきた。僕がその手を取るとぎゅっと強く握ってくる。
「マーレ、どうした?」
「あのね、イグニス。これからよろしくね」
恥ずかしそうに言うマーレに、「これからも、だろ」と僕は微笑みを返した。
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