竜人族の小料理屋さん

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 小料理屋をオープンしてからの日々は、めまぐるしいものだった。小料理、というか調理された食材というのが町では珍しいので、オープン当初は一度食べてみたいという客が殺到した。もちろんマーレだけでは店を回せないので、母にもたくさん手伝ってもらった。 「フラム……イグニスのお母さんがヒトの本をもとにして料理作ってるのは有名だったからね。一度食べてみたかったのよ」  母が服を卸している服屋の店主が僕にそんなことを言っていった。そうなのだ。マーレが食事をとりやすいようにと、母はゴミ山から拾ってきたヒトのレシピ本をもとに町で採れる食材を使って調理をしてくれていた。 「マーレはヒトと一緒にほとんど過ごしていないからヒトの作る料理の味は知らない。でも、もしもいつかヒトのところに戻った時に何も知らないのは困るからねえ」  母はよくそんなことを言っていた。仮定の話ではあるが、確かにヒトと一緒に暮らすようになった時に竜人と同じような食事をとっていたら変に思われるかもしれない。  マーレの料理は、長老が店の常連になってくれたこともあり、少しずつ町で評判になっていった。しかし、それをよく思わない竜人もいる。ガラーなどは店のことを悪く言う筆頭であった。 「いくらフラムさんのレシピだとしても、ヒトの手が入ったものなんて食べられるかよ」  面と向かってそんなことを言ったのはガラーだけだが、彼が口に出すからにはきっと他にも同じようなことを思っている竜人もいるのだろう。  悪い言葉がマーレの耳に入らないよう細心の注意を払いがらではあるが、マーレの料理はどんどんファンを増やしていった。店をオープンしてから2回満月が空に昇った頃には、固定客を獲得していた。僕たちは物々交換でものをやりとりしているので、料理と交換で店にはどんどんと様々な食材が集まってきた。その食材を使ってマーレと母は新メニューの開発をしているようだ。合間をみてマーレはちゃんと勉強も遊びもしている。僕たちの忙しくも充実した日々はどんどん過ぎていった。  町に大事件が起きたのは、そんなある日のことだった。  ゴミ山には色々な資源が落ちているが、それはヒトがどんどん物を谷底に捨てているからである。言ってしまえば、いつ物が落ちてくるのか分からない危険な場所でもある。よほどのことがないと頑丈な竜人が怪我をすることはほとんどない。しかし、たまにものすごく大きい岩に似たものの塊や金属塊などが落ちてくることがある。いかに竜人とはいえ、そのような重量物をまともに身に受ければ、命だって危ない。  その日は雨が降っていて、視界が悪かった。そして谷底は音が反響するので、雨音が反響して何かが起きても聞こえない状況だった。そんな中、ゴミ山に大きな金属の塊が降ってきたのだ。布を拾い集めていた、僕の母の直上に。 「母さん!」  僕が叫んだ時には、もう僕が立っていた場所から母を助けるには遅すぎた。足が動かない上に目もそらせない。もうダメだ、当たる。そう思った瞬間、母さんに黒い物体が猛スピードで突っ込むのが見えた。  金属が山に落ちたときの大きな音と振動で体が震える。しかしそれだけではない。母はどうなったのか。恐怖と不安で、身も心も震えている。動けない僕を放って、ソフィーが母がいた場所に駆け寄っていくのが見えた。僕も行かないと。僕の隣で同じように呆然として震えているマーレに声をかけてあげないと。恐らく一瞬のことだったが、動けない時間は数時間にも感じた。 「ガラー! 足が!!」  不意に聞こえてきた名前は、僕の母のものではなかった。マーレと顔を見合わせて、2人で駆け出す。金属が落ちた場所には、突き飛ばされた格好のまま座り込んでいる母と、金属片で足をざっくりと切ってしまっているガラーがいた。血を流すガラーの姿を見て、反射的にマーレの目を塞ぐ。 「ガラー、ありがとう」 「別に。俺は門番だから。ここの安全を守るのも俺の仕事だし」  感謝の言葉を口にする母に、ガラーは素っ気なく返事をした。しかし声は弱々しくかすれている。 「とにかく医院に連れて行かないと」  ソフィーの声で我に返った僕は、周囲にいた男たちとともに、ガラーを医院まで運んだ。  医者はガラーの傷を見て難しい表情を浮かべた。「とにかく、やれることをやってみます」と言って、ガラーを連れて処置室へ入っていく背中は自信なさげに見えた。 「母さん、何があったの」 「分からないのよ。金属の塊に気づいたときにはもう遅くて。……足が動かなくて。でも、ガラーが助けてくれたの」  ガラーが母さんを助けてくれるとは思わなかった。だって、彼は僕たちのことをよく思っていないから。でもガラーは職務を全うしたのだ。ゴミ山の安全を守るという職務を。  僕は、門番時代に同じようなことがあったときに本当にガラーのように動けたのだろうか。全く想像がつかない。僕が門番だったら、間違いなく母は死んでいた。ぞっとする。  そんなことを考えていたら、医者が処置室から出てきた。僕の願望かもしれないが、どことなく嬉しそうに見える。 「先生、ガラーは」 「ええ、ええ! 神経に傷がついていなかったので、大丈夫ですよ。動けるようにもなります!」  医師の言葉に安堵する。動けなくなっては門番の仕事はできない。ガラーは不真面目なようにもみえていたが、門番の業務には誇りを持っていたのを僕は知っている。彼は門番の仕事をこれからもできるのだ。 「彼は両親がいませんからね。しばらく医院で世話をしますよ」 「それなら安心です」 「ただ、ちゃんと栄養をとらないと回復するものもしませんからね。そこでマーレには栄養のつく食事を作ってもらいたいのです」 「……分かりました、けど」 「マーレの作ったものを、ガラーが食べるかどうか……」  マーレも僕も、母の命の恩人の役には立ちたい。しかしガラーが受け入れてくれるかどうかは話が別だ。医師も「そういえばそうでしたね」と目をぎゅっとつむって天を仰いだ。 「まあ、野菜のスープくらいでしたら、私でも作れますからね。でも体が血液を作るためにはそれだけでは足りないのです。タンパク質をとらないと……」 「とりあえず作ってみます。食べなかったら、それはそのときに考えましょう」  マーレの強い言葉に、僕と医師は自信なくうなずいた。正直、ガラーがマーレの作った食事に手をつけるビジョンが見えなかった。
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