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#4 僕のせい
三時間目の日本史では、それまでは授業中でもこっそり話しかけたり世話を焼いてくれていたのに、柚弥は一言も僕に口を利かなかった。
一般的な、真面目に授業を受けている姿に過ぎなかったかも知れないが。
三時間目が終わった後、柚弥はふっと席を立ち、教室から出て行った。
そして、四時間目の本鈴が鳴っても、とうとう席には戻って来なかった。
横山先生が教室に入って来て、こちらをさり気なく見た後目を見開いてまた二度見して、顔を歪ませながら教卓に着く。
「橘はどうした、橘はー……、」
「あ、俺さっき廊下で会ったよ。何か『旅に出る』とか言って、どっか行ったよ。何か虚ろな感じだったから、また眠いんじゃないの」
囃し立てるような言葉が飛び交い、横山先生は盛大な溜息を漏らした。
そして、顔を強張らせて動かない僕の方を見て慌てて口を開く。
「松原、すまないな。何というか橘は、病弱……、な奴でな……? よく言って聞かせるから……」
「えっ、病弱? ユッキーって病弱だったの!? あの子バク転とか出来るよ!?」
「横やん! 『病弱……?』とか疑問形だよ! 全然自分で落とし込めてないよ!」
「うるさい! 『横やん』はやめろ! もういい、授業始めるぞ!!」
横山先生の一喝が飛んでも、まだ賑やかな笑い声が溢れていたが、やがて皆んな教科書を開き始めると、落ち着きを取り戻していた。
先生の呼びかけに無言のままだった僕に向かって、前の席の折戸君が耳打ちするように教えてくれた。
「松ちゃん、気にするなよ。ユッキー、結構よく消えるから。特に数学は。ガチガチの文系だからさ」
うん……、と返事はしながらも、僕の心は全く晴れなかった。
いなくなったのは、僕が原因としか考えられなかった。
思い返せば、今朝から何の理由かも示さず、昨日と打って変わって、随分心ない態度を取っていた。
いくら理由があっても。あんなに明るく話し掛けて、僕の存在を楽しみにしてくれていたのに。
極めつけにさっきの拒絶だ。それは、隣に座って授業を受けるのも苦痛になる。
それほど嫌な思いをさせてしまったのかと、僕の心はひどく沈んだ。
違う。違うんだと、謝りたい。
だけど謝ったところでどうすればいい。結局本当のことを伝えるしかないのか。
答えは出ず堂々巡りを繰り返すばかりで僕の心はどんどん路頭に迷い、押さえた頭そのままに塞ぎ込みたかった。
目の前では式と証明の復習が淡々と進められていて、シャープペンを握り、教科書に書かれた式の羅列を目に映しながらも、頭にはその中味が全く入っていなかった。
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