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#63 振動
……夢というものは、過去体験した経験を、記憶の貯蔵庫から引き出したりまとめたりの整理をしながら、蓄積された映像と記憶の映像とを合致させ、
『夢』というストーリーを、眠っている対象の脳に見せているらしいということを、夢というものの不思議さが気になって、どこかで聞いた覚えがある。
僕が今視ているこれも、きっと夢だ。
夢は、本来『夢である』と自覚しながら視ることは出来ない。
明晰夢という、自分で自分の希むままに夢を変容させる、という事象も存在するらしい。
僕の意識は、今どこに在るのかという所在が、非常に曖昧だ。
僕が視ている、感じているこの柚弥は、確かに僕の細胞が経験した実在する結晶であるのに、いつまでもその残像を追っていたいような、触れられそうなのに、撫でると薄い膜で隔てられているように触れられなくて、
この夢という融和した僕の自我の中にいつまでも繰り返し見つめ続けて、ともに漂ってしまえたら、という憧憬を想起させる。
だけど、それでは駄目だ。僕はそれを、希んでいないはずだ。
夢のようにやさしくて甘い彼の蜜の残影を味わって、まして歪曲なんて真似は決してしたくない。
この夢の外側の現実の彼を、見つめると誓ったはずなんだ。
だのにぐずぐずと居心地の良い夢のおぼろさが、僕の意識を引きずるように横たわらせる。
目覚めたくない。……目覚めなければ。
その二つの相反した想いのなかに漂い、僕の意識は不快に眉をひそめる。
けれど、僕が惹かれたあのひかりが、僕の耳許で淡い息吹を吹きかけ、やわらかい唇の動きを以って、僕の掌を包み込んでいるような感触を得て、
そっと離れていくそれに、やはりふれたくて、その輝きを瞳に認りたくて、
僕の意識は、そのひかりの方へと、彼方へ急速に浮上していく感覚にとらわれる…………。
浅い眠りのなかにいた僕は、微弱ななにかに揺り動かされる響きを聞いた気がして、
無意識の水面下から、自我の意識へと緩やかに浮上した。
徐々に意識が明白になってくる。
部屋の輪郭がおぼろから、醒めのある明瞭な線へ。
闇が深い紫。濃緑が泥土のように沈んだ、暗渠みたいな部屋。
カーテンの狭間から差す白光のために、僅かにうつろな柔らかさを帯びている。
しん、とした物音も佇まない空間。
夢と現実、時の区域から放り出されたようなしじまの残音が、鼓膜に絶えず残っているかのような。
まだ、これは深更だ。
でも鳴っている。何か。
頭の奥へ、ごく静かなのに確かに働きかけてくる、
羽音のような、断続的な機械音。
ふ、と空気が流れるような揺れを感じた。上空で。
流れを感じたのは、左上部にあるベッドだ。
音を立てずに、柚弥が身体を起こしたことを空気の流動から知った。
それも、羽根を揺らすようにごくそっ、とした静けさで。
まだ振動は鳴っている。
柚弥は、ベッドの頭の方から脚を降ろさず、底部からそっと床へ移動した。
隣り合う枕元には、僕が眠っているから。僕を起こさないようにと、極力音を抑えているのが察せられた。
僕は首を右に傾げていて、柚弥から顔が見えていない状態だった。
薄く開けていた目が、暗がりでも正面のブック・チェストにあるデジタル時計の数字を、かろうじてとらえる。
2時43分。
…………柚弥のスマートフォンが、着信していたのだ。
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