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下心丸出しの男の視線に彼女は嫌悪感を抱きながらも笑顔を絶やさない。意外とこの仕事も自分には合ってるのかもしれないな、なんて考えながらマコは次の手に移る。
伊敷にはもっともっと機嫌よくなって、しっかりと酔っぱらってもらわなくては。
「私ホッとしました、初めてのお仕事で伊敷さんみたいな優しい人の席につけて。本当は不安だったんです」
「そうなのか、俺はマコちゃんを怖がらせたりはしないから。もしろどんどん頼ってく欲しいかな、ははは」
チョロい人だな、とマコに思われてるとは考えてもいない伊敷が、自分はこういう立場のものだと名刺を渡す。裏にしっかりとプライベートのスマホの番号とアドレスが書かれたそれを、マコは笑顔で受け取った。
ちょっと見た目が違うだけでここまで態度を変える、そんな伊敷に少しだけ不快さを感じながら。
「専務さんなんですか? 深澤カンパニーって、大企業じゃないですか。伊敷さん、凄い人なんですね」
「ははは、そんなことはない。まあ、どうしてもと社長や周りに頼まれて仕方なくかな。これでも部下からの信頼も厚いんだ」
「素敵な上司なんですね、伊敷さんって」
部下に当たり散らして、社長からの呼び出しには嘘をつき向かおうともしない。そんな男が有能で信頼が厚いなんてよく言えたものだ、とマコは呆れてものも言えなくなりそうだった。
伊敷の相手は疲れると思っていたが、こうして女性の姿でその立場に立つとそれは数倍にも感じた。さっさと終わらせよう、そう思ったマコは伊敷のグラスを彼に差し出して……
「飲みましょう、私嬉しくて酔っぱらいちゃいたい気分なんです」
「ああ、マコちゃんも酔っぱらうまで飲むといい。俺がちゃんと面倒見てあげるから」
そう言って下卑た笑みを漏らした伊敷が正気を保っていられたのは、ほんの二十分程度だったが。
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