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「落としましたよ?」
「……あ! すみません、ボーっとしてまして」
五十代後半くらいに見える落ち着いた雰囲気の男性が、花那に書類の入ったファイルを差し出した。中の書類の文字まで透けて見えるファイルだ。男性はその書類の文字をチラリと視線で追ったあと、何事もなかったように笑顔を浮かべる。
「助かりました、この書類を無くしたら大変なことになっていたので。本当にありがとうございます」
花那はそのファイルを大事そうに抱え、深く頭を下げる。仕事でのミスがどんな大事になるのかを分かっている彼女は、普段はそんな失敗はしないのだが。
「いえいえ、それは良かったですね。ところで貴女はもしや……?」
「花那、戻ってくるのが遅いがどうかしたのか? ……あなたは、専務秘書の篠ヶ原さんですよね?」
部屋の入口からこちらへと向かってくる颯真の姿、慌てて花那は彼の方へとは近付いていく。そして自分がファイルを落とし、男性に拾ってもらったのだと伝えると。
「すみません、篠ヶ原さんのおかげで助かりました。俺は社長秘書代理の……」
「涼真さんの弟さん、颯真さんですよね。貴方とはずいぶん昔にあったことがありますが、私の事を覚えていらっしゃったのですね」
そう言って篠ヶ原は人の良さそうな優しい笑みを浮かべる。
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