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膝の間でそっと目を覚ますと、隙間から冷たい空気が流れ込んでくるのがわかった。
その明澄さに、夜が明けたことを悟る。
顔を上げると、まだあたりは暗かったが、それは数時間前、文太を覆った漠然とした深い闇ではなかった。
口を閉ざしていた木々や空が囁き始め、静寂が徐々に、ゆっくりと砕かれていく気配。
スマートフォンで時計を確認すると、午前5時近くになっていた。
どうやら少しの間、眠ってしまったらしい。
文太は伸びをして、手足を動かした。
鳥の声に安らぎを覚え、孤独感が遠のく。
すると、小枝を折るような音が微かに響いてきて——体の動きを止めた。
葉の揺れる音や鳥の声に混じって、たしかに伝ってくる。
それは紛れもなく、希望が近づいてくる音だった。
文太はヘッドライトを空中にかざし、弧を描いた。
声を出そうとしたが、思ったようにならない。
やがて、向こうからも、光の玉が小さくゆらゆらと、出現しだした。
文太にはなぜだか確信があった。
必ず見つけてくれる。
あの足音、明かりは——こちらを捉えてくれるだろうと。
やがて、互いの光が交わり、その眩さに目を閉じた。
まぶた越しにも感じる明るさ、他者からもたらされる光にほっとする。
「文太、大丈夫か」
そしてそれは、まぎれもなく梓の声だった。
声が出ないので、ヘッドライトを回して合図をする。
やがて、一間あいた。
梓が安堵の息を漏らした、その間に違いなかった。
「怪我は? 動けそうだったらライト回せ」
文太が指示に従うと、梓は「待ってろ」とだけ言った。
よかった、助かった。
もう大丈夫。梓が見つけてくれた————
彼の声を聞いて力が抜けてしまい、文太はそのまま寝そべった。
木立は肩を寄せ合い、だいぶ輪郭の鮮明になった葉が揺れている。
間抜け面の文太を見下ろしながら、やはりせせら笑っているのだった。
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