12. 夜明けの涙

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体力は消耗していたものの、文太はどうにか動くことができた。 梓から指示されるままに自身にロープを繋ぎ、彼の指示通りに手足を動かし、時には引き上げられながら登った。 彼のアドバイスは的確で、終始落ち着いていたし、こちらが怯えるたび、確保してるから大丈夫だと声をかけてくれた。 なんとか尾根まで這い上がると、文太は梓に抱き着くようにして倒れた。 ひたすら謝罪を繰り返す文太に対し、梓は責めるような言葉を一切、発さなかった。 穏やかな無言とともに、ただ優しく、背中を撫でてくれた。 ——這い上がるときは無我夢中だったが、文太には軽度の低体温症の症状が見られた。 頭がうまく回らなかったし、手足が震えている。 梓はその場で予備のダウンジャケットと手袋、ネッグウォーマー、水筒から飲み物を注いで差し出してくれた。 少しずつ、それを口にする。温かくて甘いミルクティーは、体中に染み込んでいくようだった。 彼は文太の様子をまるで観察するように見つめながら、食欲があるかを確認してきた。 それからチョコレートやおにぎりなどとともに出してくれたのは——文太が作ったまま置いてきたはずの蒸しパンだ。 梓も隣に並ぶと、蒸しパンをちぎって自分の口に入れた。 現実的な気がかりと、梓が隣にいるという夢心地が混在する。 それでも体を保温し、食べ物を口にすると、徐々に落ち着いてきて——滞っていたものが巡り出していった。 カップに注がれた、温かくて甘い紅茶からのぼる白い湯気が、鼻を掠める。 残りを一気に飲み干し、粘膜を伝う熱さ、舌先に残る甘味で現実なのだという確信を得た。 しばらくの沈黙を経て、ふたたび謝罪の言葉を口にしようかとも思ったが、梓がそれを望んでいないことを察してやめた。 「昨日から須崎さんと出かけてたんじゃないんですか?」 「神無月小屋で貯水タンクかなんかのトラブルがあったみたいで、匠が来られなくなった。だから昨日はずっとテントにいたんだよ。昼ごろ、お前がひとりで出かけていったのも見てた」 あの日は、梓のテントの前を避けていたから気づかなかった。 てっきり、ふたりで出かけたものだとばかり思っていたのだ。 「そうだったんですか……」 梓は、空になったカップに紅茶を注ぎ出してくれた。 白い湯気が、眉の毛先をくすぐる。
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