12. 夜明けの涙

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「でも、まさか帰ってきてないなんて思わなくて。日が暮れてから岳が慌ててテントに来てさ。お前が戻らない、どこに行ったか知らないかって——」 「すみません、ほんとに俺……」 「無事でよかった。文太にまでなんかあったら、親御さんになんて言ったらいいかわかんないし」 文太はカップを握りしめて、ミルクで濁った水面に視線を落とした。 自分を探している時の梓は——どういう心境だったのだろう。 それはきっと、ひとりで夜を明かした自分よりも、さぞ辛いものだったに違いない。 しかし梓の目は、そんな葛藤を映し出すことなく、穏やかに光っている。 その強さが眩しく、美しかった。 「俺、梓さんにひどいこと言いました」 「別に気にしてない」 「あれ、本心じゃありません……」 「わかってるから」 梓は、被せるように言った。 まだ伝えたいことがあったが、今はとりあえず口をつぐんでおいた。 梓がこの話題を蒸し返して欲しくなさそうだったからだ。 彼は手に持っていた蒸しパンをふたたびちぎると、文太の口元までもってきた。 口を開けると、かけらを放り込んでくれる。 「これ、出がけに岳が渡してくれてさ。一緒に食べるために文太が作ってくれたんだろ?」 「まあ……そうです」 生地を噛むと、ほんのりとした甘みが広がった。 「一緒に食えてよかったよ、本当に」 彼は残りをすべて自分の口に入れると、立ち上がった。 文太も、紅茶を飲み干してから腰を上げる。 体のふらつきや震えはなく、もう歩行ができそうだった。 「あの、梓さん」 呼び止めたはいいものの、言葉がでてこない。 謝罪? お礼? それとも…… 「先歩け。ゆっくりでいいから」 そのうちに梓に急かされて、文太はとりあえず頷いた。 寝不足だが、先ほど食事を取ったおかげで歩行に支障はない。 稜線にぶつかる前の登りで、梓はスマートフォンを取り出し、小屋に連絡を入れた。 この辺りが一番、電波が入るらしい。 梓が事情を説明すると、安心したような岳の声が漏れて伝わってた。 文太ももちろん、直接謝罪をした。 彼も梓と同様、一切責めることなく、ゆっくりでいいからちゃんと帰ってきなさいとだけ言ってくれた。 ——岳と話すと心のつかえがなくなり、足取りも軽くなった気がした。 帰ったら、たくさん働こう。 罪滅ぼしになにができるかを考えながら、足を動かした。
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