12. 夜明けの涙

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✳︎ 稜線に出ると、すでに朝日が遠くの峰々を赤く縁取っていた。 「きれい……」 文太は思わず呟いた。 小屋にいる時は忙殺されるあまり、日の入りを楽しむ余裕などなかった。あたりが白んでくると、生じてくるのはただただ焦りばかりだったのだ。 しかし、梓と見る朝日はこんなに————— 「梓さんと朝日見られて、よかったです」 絶望に塗りつぶされていた昨夜。 その漆黒に、安らぎが塗り足されていく。 ネッグウォーマーに顔を埋めながら、梓がこちらを見た。 「そのダウン、やるよ」 「え!?」 「いつまでも兄貴のヨレヨレのお下がりじゃあれだし。それ、あんま着てないやつだから」 あきらかに値の張るものだということはわかっていたが、遠慮は野暮だと思い、文太はとりあえず笑った。 「えへへ」 「なんだよ」 「梓さんのダウン、あったかいなって」 襟には彼のにおいが微かに残っている。 顎を埋めると、近くに感じられるようで嬉しかった。 「お前、やっぱり雷鳥みたい」 「そうですか?」 「うん。文鳥より雷鳥だな」 彼は微かに笑って、再び朝日の方を向いた。 寒さに動じることなく真っ直ぐに背筋が伸びた梓。朝の澄徹した空気や、ほの明るい光がその横顔を縁取る。 ただそれを見ているだけで、彼と迎える朝が、特別なもののように思えた。 「見てみたいなあ、冬の雷鳥……」 それはどちらかと言うと、場つなぎで発しただけだった。 なにかを発していないと、彼に捕らわれたままになってしまいそうで、気を分散させたかったのだ。 梓が振り向く。 その澄明さ、強さ、寡黙さ。 まるで水紋ひとつすら立たない、冬の朝の湖のようだと思った。 「じゃあ、行くか」 「え?」 「いつか見に連れてってやるよ」 穏やかな波紋が、文太を取り囲む。 つま先から喉元までが震え、棘が抜けるかのように自然に、その一言は体から出てきた。
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