12. 夜明けの涙

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「梓さん、俺————」 文太が向き合うと、梓から笑みが消え、途端に戦慄したような表情になった。 しかし、文太に躊躇いはない。 弾き出された感情は、否応なしに彼にぶつかっていった。 「好きです」 梓はやはり、ショックを受けたようだった。 物理的には動いていないのに、その気配が後ずさった。 一歩寄ると、先ほどまで凛としていた目が、今は戸惑いに揺れている。 「俺、今すごく——梓さんの一番近くにいきたい、そばにいたいって、そう思っちゃいました」 腕に触れると、彼の体が震えた。 しかし、それは拒絶によるものではない。深い困惑のなかに、小さな肯定の可能性を見出すと、文太は彼の体を引き寄せた。 先ほど自分を引き上げた強さが霞むほどに、その抵抗は弱々しかった。 「キスしたらだめですか……」 問いかけながらも、すでに上唇がぶつかる距離まで詰めていた。 彼がおそらく、拒絶の言葉を発しようと開きかけた唇を、そっと塞ぐ。 「……っ」 背中を丸めずに誰かとキスをしたのは、生まれて初めてだ。 抱き寄せた背中には均一に筋肉がついており、自分よりもだいぶ鍛錬されていた。 しかし、今までの誰よりも脆く、危うげで——大切に守りたいと思う。 梓との触れ合いは、なんとも不思議な心地がして、そして幸福だった。 唇を離すと、梓と目が合った。 特別大きいわけではないのに、力強い瞳。 しかしそこにあるのはキラキラとした輝きではなく、引きずり込まれるような暗さだった。 鼻頭を擦りつけて愛撫をしてから、ゆっくりと体を離した。 「ごめんなさい。我慢できなくて、しちゃいました……」 照れ隠しのために笑うが、彼の表情はほぐれない。 瞳はオニキスのように黒く、強い威力を放ち、美しいが、哀しげだった。 文太は彼の左手を握ると、一歩踏み出した。 握り返すどころか、振り払おうとしているのがわかるが、かわまずにそのまま前進する。 「離せ」 ようやく、か細い声が吐き出された。 文太は振り返って微笑み、返事代わりにさらに強く、手のひらを包み込んだ。 梓の歩みは遅く、引っ張って先導する形となる。 文太はこの時まで、正直わからなかった。 彼の拒絶は、享受の裏返しなのだと、どこかで思ってもいた。 無理矢理、5メートルぐらい進んだが、ついに梓が立ち止まった。 吹き付ける風の音で、彼の声はもうすっかり聞こえない。 だから、振り返った時は衝撃だった。 その目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちている。 文太はそこで初めて、今とった言動によって彼をひどく困惑させ、不安定にさせてしまったのだと気づいた。
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