12. 夜明けの涙

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「梓さん、どうしたの?」 梓は腕で顔を隠しながら、手を振り解こうとする。 しかし、不安が連鎖して、文太はなかなか離してやることができなかった。 「離せ」 懇願するように言われて、ようやく文太は手を離した。 思い上がりや自分本位な行動に羞恥を覚え、同時にショックを受けたのだった。   「ごめんなさい、俺……」 拳を握り、詫びの言葉を口にしてはみたが、後が続かない。 自分の取った言動が——それこそ性急だった以外は——悪いことだとは思っていなかった。 風にさらされて乾いた唇を舐めると、かすかに甘い。 先ほど彼と分け合った蒸しパンの名残りに違いなかった。 「先行け」 「でも……」 「いいから行け!」 抑えきれない怒りが、口調に現れる。 それはいつもの彼らしくない、幼い感情のようで、直視するのはよくないのではないかと、文太は思った。 「ゆっくり歩いてるから、後から来てね」 言い残し、先に歩き出す。 50メートルほど歩いたが、まだ梓が来る気配はない。 文太は速度をさらに落として歩き続けたが、やはり気になって、ついに立ち止まった。 その場で10分は待っただろうか。 やがて向こうから梓の姿が見えてくると、文太は慌てて歩き出した。 早く歩いているつもりなのに、あっという間に追いつかれてしまう。 彼の足音、バックパックの揺れる音を間近で拾いながら、文太は振り向こうか、それともこのまま前を向いていようか迷った。 そのうちにとうとう追いつかれて、肩が並ぶ。 追い抜かれるとばかり思っていたが、梓は隣に並んでくると、文太の頭に手を置いた。 「歩くの遅ぇ」 「……梓さんみたいな山猿じゃないですから」 言うと、笑い声が耳元に伝ってきた。 恐る恐る横目で見てみると、先ほどの動揺は消失している。 文太はようやく安心すると、改めて梓の横顔を見た。 「俺、さっき言ったこととか、謝りませんから」 「ごめんって言ってたじゃん」 「あれはその、反射みたいなもんです」 頭に指を通され、勢いよく揉まれる。 前髪の隙間から覗く彼の表情には照れがあったが、それは文太の告白ではなく、自分が泣いてしまったことによるものらしい。 彼がこの場で、文太の思いに対して何らかの答えを出してくれることに期待はしていなかったが、それでも少しだけ落胆した。
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