12. 夜明けの涙

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ふたりでしばらく歩いていると、向こうから人がやってくるのが見えた。 ジャケットの赤味しかわからなかったシルエットが、近づくにつれて、だんだんはっきりしてくる。 それが紛いもない須崎匠だと認識すると、文太の体は緊張でかたくなった。 「岳から聞いた。大変だったな」 彼は文太を見ようともしなかった。 「ごめん。せっかく来てくれたのに」 それに対し、梓はすんなりと詫びの言葉を発した。 「いや、元々は俺の都合で予定ずらしたんだし。まあでも……結果としては行かなくて正解だったな」 須崎は、言葉に含みを持たせながらも、決してこちらのほうを見ない。 文太はいたたまれなくなり、下を向いた。 「テント寄ってく?」 「いや、今日はこのまま神無月に戻るわ。アズもゆっくり休めよ」 ふたりが昨日の予定をおそらく今日にずらしたのだろうこと、そして、再度取り付けたその約束を、自分の捜索のために梓が反故にしたのだろうことは、話の流れから予想できた。 「ありがと。また近々、神無月に行く」 「ほんとに来いよ?」 須崎は、梓の肩から腕にかけて撫でた後、名残惜しそうに手を離した。 やがて、梓が先に歩き始める。 しかし、須崎はまだその場に仁王立ちしながら、文太を引き留めた。 ひと言いってやらないと気がすまないという顔だ。 文太は頭を下げて、須崎のつま先を見つめたまま言った。 「あの——迷惑をかけてすみませんでした。今後は……」 「ほんっとに迷惑なんだけど」 須崎の躊躇ない返しが、みぞおちにめり込む。 彼が怒るのも仕方がなかった。 山小屋のスタッフが、誰にも行き先を告げずに出かけて遭難騒ぎを起こすだなんて、ありえないことだ。 特に遭難救助に関わっている須崎にとっては、許し難いのだろう。 謝罪に対して、彼からの反応はない。 恐る恐る顔を上げると、須崎の顔はのっぺりと無表情だった。 それは、登山者としての意識を欠いた、軽率な行動に対する怒りではなかった。
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