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「梓さんが好きだよ」
その目はやはり黒く光り、凍てついたように動かなかった。
瞬きを繰り返すうちに節目がちになり、唇はかたく結ばれた。
「困らせてごめんね。でも俺、好きになったら一途なほうだから、簡単に諦めるとかできないと思う」
梓は一度視線を上げて文太を捉えると、またすぐに伏し目がちになった。
文太のそれが一時の感情ではなく、揺るぎないものだということを悟り、恐れたに違いなかった。
体勢を戻しそびれた梓は、行き場のない視線をテントのあちこちに泳がせながら、ようやく声を発した。
「なんで俺なの。お前、ゲイなの?」
「いやぁ……? 生まれつき、梓さんを好きになる何かが組み込まれてんのかもね。兄弟そろって」
梓は口を開けたまま、声にならないクエスチョンマークをひとつ吐き出した。
文太は彼の寝袋に包まれたふくらはぎあたりを数回叩くと、笑いかけた。
「でもね、俺は兄ちゃんとは違うし。俺には俺なりの愛し方がありますから」
言い切ると、梓の沈んでいた目にほんの少し色味が足されたように、ぼんやりと明るくなった。
今はまだ漆黒に違い、それでもほのかに温度をもったその色を、文太は愛おしく思うのだった。
「あ、そうだ。これ見せ忘れてたんです」
文太はスマートフォンを取り出し、茎までを赤く染めた例の花を見せた。
「イワカガミだな。もうじき終わりだろうけど、まだこの辺もあちこちで咲いてる」
「え、珍しくないんですか! なんだぁ……」
梓の反応に肩透かしを食らった文太は、スマートフォンをあぐらの中に落とした。
「道脇の岩場に咲いてて、ぜったいレアなやつだって思ってたのになー。まあ、これ撮るために後ろ下がったら、落ちちゃったんですけど……」
「馬鹿」
ごもっともすぎて、返す言葉もない。
梓が少し笑ってくれたのが救いだった。
「本当に。ちゃんと戻ってこられて——梓さんにこの花の名前聞くことができてよかった」
梓は相槌代わりに、口角をわずかに上げた。
目はもうとろんとしていて眠たそうだ。
それもそうだ。彼にとって、今日一日は長かったはずだから。
「梓さん、疲れてますよね。長居してすみません。ゆっくり休んでください」
梓は寝袋に深く潜り込むと、寝袋に顎を埋めたまま、視線を寄越してきた。
微睡かけて甘ったるい、危険を孕んだ表情。
文太は逃げるように入り口のジッパーを下げようとしたが、彼に声をかけられて踏みとどまった。
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