13. 浮いたり沈んだり

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「ランタン、消してって」 寝袋から人差し指だけを突き出して、テントの角に置いてあるそれを指す。 梓の頭から近い位置にあるのだから、手をのばせばすぐに届くはずなのに、それすら億劫らしい。 彼は寝袋に体を潜り込ませたまま、体勢を変えるつもりもなさそうだった。 文太はしばし躊躇った。 代わりに自分がランタンを消すとなると、どうしたって梓に覆いかぶさる体勢になる。 朝方の彼の拒絶の言葉は、傷となって情けなく文太にまとわりついていて、性急すぎる自らの行動を戒める枷のような役割も担っていた。 物理的に彼に近づくのはしばらく避けようと、自らに課した矢先だったのだ。 「梓さんの方が近いじゃないですか」 一応、抵抗してみるものの、効果はない。 梓は目玉だけをこちらに向けて、無言の要求を続けた。 文太は短いため息を吐くと同時に、気合いめいたものを吸った。 「じゃ、ちょっと失礼しますよ」 光に煽られて揺らめく自身の大きな影は、まるで赤ずきんに襲い掛かる狼のようで、文太は慌てて視線を逸らした。 すぐ下に梓の温もりを感じて、落ち着かない。 ランタンのスイッチの位置がわからず、いたずらにチタンのボディをなぞる時間が、一定期間続いた。 「なにやってんの」 「いや——なんかコレ、電源あります?」 ランタンを持ち上げて回していると、梓はとうとう、寝袋から右手を出した。 そして、ランタンをいじる際、互いの指先が触れ合った。 「ココ。電源が底にあんの」 触れ合ったままの指先は、離れることがない。 文太は電源の位置を確認しながらも、なかなか電気を消すことができなかった。 明かりを消したら、自分への戒めも、闇に溶けてなくなってしまいそうな気がしたのだ。
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