13. 浮いたり沈んだり

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文太はそっと、指先を辿って手のひらを重ね合わせた。 「なに?」 梓の声も表情も、昼間とは異なっていた。 拒絶はいつのまにか形を潜め、隙という避け目からは、甘い色香が漂ってくる。 「梓さん、わかってやってます?」 「なにが」 「好きだって言いましたよね、俺」 梓はぼんやりと、文太の額から顎までを見つめた。 「ああ聞いた。ほんとに悪趣味な奴だな」 それから半分寝ぼけたような、かすれた声を出して、もう片方の手を寝袋から出すと、文太の前髪を指でつまんだ。 ふれられた髪の毛先から火花が散り、欲望がほとばしる。 二十歳の理性は、あまりにも脆く、少し突かれただけでひび割れた。 「知らないよ、もう……」 それでも文太は上唇同士が掠った時、彼から拒絶の匂いがするかどうかを慎重に伺った。 梓は身をこわばらせることも、後退りすることもなく——あっさりと2度目のキスを受け入れた。 唇を離し、至近距離でその目線を伺う。 彼の視線はとろんとしていて、定まりがなかった。 ただそれは、幼いキスに心酔しているわけではなく、彼の一部が、一時的に鈍磨になっているかのような印象を受けた。 「んっ」 舌で突くと彼は唇を開けて、さらに深い侵入を許した。 文太はもう、梓が自ら作り出した裂け目に、ずるずると引き込まれていくほかなかった。 しかし、彼の鈍磨な部分を覚醒させ、できるなら心酔させたいという、半ば意地、半ば夢のような感情もあり、夢中で口腔内を弄った。 粘膜をかき分け彼の真意を探るが、そのあまくて熱い海を遊泳するうちに、体は火照り、意識が溶かされていく。 「梓さん……っ」 文太は彼を背後から抱きしめると、寝袋のジッパーを下げて、その中に手を差し入れた。 ダウンのなかで温まった服の中に手を入れて、肌に触れる。 胸も脇腹も、寝具によってもたらされるものではない、独特な熱を放っていた。
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