14. ほのかな熱

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ホワイトボードの文太の欄は、空白のまま、なにかが書き込まれることはなかった。 ガイドブックは付箋を挟んだ状態のまま枕元に積まれているが、開く気にもなれない。 業務以外で小屋の外に出ることは少なくなり、休憩時間は寝てばかりいた。 それは、自ら起こした遭難騒ぎを戒めるためなどでは、もちろんない。 梓とのことがあってから数日が経つが、文太はあれ以来、彼のテントには行っていなかった。 行かなければ、所詮それまでなのだ。 こちらが勝手に押しかけていただけで、梓は求めてなどいない。 彼と会わない時間が長くなるほど、その現実を突きつけられているようで、たまらなかった。 このままでいいだなんて、これっぽっちも思っていない。遠慮する気もない。 ただ、気持ちがうまくまとまらないまま梓と会うのは、漠然と怖かった。 ——再会は、1週間後に訪れた。 同じ敷地内に寝泊まりしていながら、これだけの期間、顔を合わせていないのが、むしろ奇妙なくらいだ。 その日は曇天で、宿泊者を送り出した直後から雨が降り始めた。 ラジオによると南西で発生した台風の影響で今日から明日にかけて天気が荒れるらしい。 すでに今朝の時点で宿泊予約のいくつかにキャンセルが入っているが、週始めなのがまだ幸いだ。 悪天候が客入りの多い週末にかかれば、岳がため息を漏らすのが目に見えている。 文太は例のごとく、食堂で後片付けをしながら、屋根を穿つ雨滴の音に耳を澄ませていた。 ぱつぱつと弾く、リズミカルな雨音。 雲の合間から突発的に降り注ぐ、シャワーのような音。 ごろごろと、喉元を鳴らすかのような遠雷。 決して音が豊富ではない山の上だから、自然からもたらされるリズムや振動は、文太の心に安息をもたらした。 テーブルを拭き、ダスターを裏返して畳み直す。 ふと顔を上げた時、窓の外に梓がいるのが見えた。 レインウェアを着込んではいるが、フードから覗く前髪はすでに濡れている。 目が合った気がしたが、文太は動揺のあまり逸らしてしまった。 それから、四角く畳んだダスターをおしぼりのように丸めたり、広げたりしてもてあそんだ。 しかし、燻っているのもほんの数十秒だった。 俯いている間に、梓が去ってしまうことのほうが嫌だった。
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