14. ほのかな熱

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「梓さん」 入り口に立つと、声をかけた。 手招きをしても、彼はなかなかその場から動こうとしない。 見かねていったん外に出ると、彼の腕を掴んで軒先まで引っ張った。 「なにやってるんですか」 「……小屋の補修」 文太は耳を疑った。 こんな天気の中、作業をしなくてはならないほど荒れている場所はないはずだ。 きっと岳が見たら、慌てて止めさせていただろう。 「とにかく小屋に入ってください。風邪ひきますよ」 背中に手を回すと、意外なほどに抵抗なく体が動いた。 雨粒を振り落とし、レインウェアを脱ぐ。彼の前髪と襟足はしっとりと濡れていて、うなじは青白かった。 「ストーブの前、座ってて」 談話室の薪ストーブの前にスツールを置いて梓を誘導すると、まずはレインウェアを乾燥室に持っていった。 それらを干してから大判のタオルを一枚出すと、またすぐに梓の元へと急ぐ。目を離しているうちにいなくなってしまうのではないかという不安に駆られたのだ。 しかし、彼はそこにいて、文太が用意したそれに腰掛けて、ただ炎を見つめていた。 文太は背後からタオルをかけてやると、自分の座るスツールを引っ張り出して、隣に座った。 「仕事はいいのか?」 「ちょうど一区切りついたところだから」 もともと、厨房を片付けたら休憩に入るつもりだった。 ほかの従業員は先に休憩に入っているのか、どこにも見当たらない。 文太は腰を浮かしてスツールに座り直すと、意味もなくやや前に引いた。 「……ここ数日、避けるようなことしてすみませんでした」 梓は火を見つめたまま、何も言わなかった。 「もうこの際、兄ちゃんの代わりでもいいやって、思うこともあるんだ。でもやっぱり、俺は欲張りだから——」 「欲張りって言わないよ。そういうのは」 梓のひと言に救われて、文太は笑みを、息とともに吐き出した。 それから足をのばして、つま先を梓のそれにくっつける。 小屋のサンダルからはみ出た互いの指の熱が、ほのかに伝わった。
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